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ドリーシュ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ドリーシュ
Driesch, Hans Adolf Eduard
[生]1867.10.28. バドクロイツナハ
[没]1941.4.16. ライプチヒ
ドイツの生物学者,生命哲学者。 1891~1900年イタリアの生物学研究所に勤務したのち,11年ハイデルベルク大学助教授,20年ケルン,21~33年ライプチヒの各大学教授。最初,E.ヘッケルの影響を受けたが,ナポリでのうに卵などの海産動物の発生学的研究を契機として,機械論に対して批判的となった。アリストテレスのエンテレケイアの概念を導入して,生命現象の根本に超自然的原理を設定し,新生気論を主張した。哲学的には秩序学を主張し,また心理学的には超心理学を主張した。 47年ドリーシュ協会がレーゲンスブルクに設立された。主著『生気論の歴史』 Geschichte des Vitalismus (1905) ,『身体と精神』 Leib und Seele (16) ,『超心理学』 Parapsychologie (32) 。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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世界大百科事典 第2版

ドリーシュ【Hans Adolf Eduard Driesch】
1867‐1941
ドイツの発生学者で後に哲学に転向。学生時代はフライブルク大学でA.ワイスマンに,イェーナ大学でE.H.ヘッケルに動物学を学ぶ。1891年にナポリの臨海実験所で彼がウニの二細胞期の胚を二つに分けたところ,W.ルーやワイスマンが主張するような半分の胚が現れず,小さいながら完全な幼虫が生じた。このため物理・化学に立脚した発生理論に疑問をもち,99年に生気論に立つことを明らかにし,1909年の《有機体の哲学》でその思想を展開した。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

ドリーシュ
どりーしゅ
Hans Driesch
(1867―1941)

ドイツの発生学者、哲学者。フライブルク、ミュンヘン、イエナの各大学に学び、のちにナポリの臨海実験所で実験発生学に従事。主としてウニ初期胚(はい)を個々の割球(細胞)に分割したり2個のウニ卵を融合させたりする実験から、個々の割球の発生運命はその部分の全体に対する関係によって決定されるという調和等能系という考えを主張し、さらに、そのような特性は機械論からは導かれないとして、新生気論とよばれるエンテレヒー(エンテレキー)説を唱えた。1921年以後はライプツィヒ大学の哲学教授となり、自らたてたエンテレヒー説を正当化しようとした。この説では、個々の生体部分が発生運命のいくつかの可能性のなかからあるものを実現させる超自然的因子としてのエンテレヒーを含んでいるとされた。主著に『生物哲学』(1909)がある。

[八杉貞雄]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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