@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

ナーシル

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ナーシル
al-Nāṣir
[生]1155頃
[没]1225
アッバース朝第 34代のカリフ (在位 1180~1225) 。母はトルコ人奴隷であるが,同朝後期のカリフのなかで政治権力を掌握していた唯一のカリフ。セルジューク・トルコ,モンゴルなどの外敵と対決しつつ,内政を厳正にしてイスラム世界の再統一を目指した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

ナーシル【al‐Nāṣir】
1157か58‐1225
アッバース朝第34代カリフ。在位1180‐1225年。セルジューク朝内訌によってイラク権力の空白状態が起きたのを契機に,10世紀半ば以来,軍人・軍事指導者に奪われていた政治権力を取り戻して,聖俗両権を兼備したカリフ体制を復活させようとした。民衆組織フトゥッワ支持を得るとともに,ホラズム・シャー朝シャー()をそそのかしてセルジューク朝を滅ぼさせたものの,それ以上の勢力伸張は望めず,かえってシャーに苦しめられた。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

ナーシル【al‐Nāṣir Muḥammad】
1285‐1341
マムルーク朝の第10代,13代,15代のスルタン。在位1293‐94年,1299‐1309年,1310‐41年。第8代スルタン,カラーウーンal‐Qalāwūn(?‐1290。在位1280‐90)の息子で,有力アミールたちに推され9歳で即位したが実権はなく,2度目の治世もほぼ同様であった。しかし三たびスルタン位に就いたナーシルは,子飼いマムルークを養成して政権の基盤を固め,モンゴルと十字軍の脅威が消滅した後の安定した国際環境の下で,もっぱら内政に力を尽くした。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

ナーシル」の用語解説はコトバンクが提供しています。

ナーシルの関連情報

関連キーワード

藤原実房三条実房嘉禄エルディグズ朝三槐抄陳朝李朝[ベトナム]岡屋関白記陳朝

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation