@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

ニュルンベルク

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ニュルンベルク
Nürnberg
ドイツ南東部,バイエルン州都市。ミュンヘンの北北西約 150km,ペグニッツ川 (フュルトでレドニッツ川と合流し,レグニッツ川になってマイン川に注ぐ) 沿いに位置する。 1050年頃神聖ローマ皇帝ハインリヒ3世バイエルン公 (在位 1039~56) により,川を見おろす高台に築かれた城塞が町の起源。 1219年に都市権を獲得,その後,帝国直轄都市となりライン都市同盟に加わった。通商路上の要地にあり,1332年には 72の地方と免税で交易できる権利を獲得し,14世紀中には中部ヨーロッパの重要な都市のほとんど全部と商業契約を結んで,ドイツ有数の商工業都市としての地位を確立。宗教改革期にはプロテスタント側に立ち,17世紀初頭には経済的にも文化的にも最盛期に達したが,その後は三十年戦争などの影響や通商路の陸から海への変更などのため衰退,1806年にはバイエルン領となった。 35年にはフュルトとの間にドイツ最初の鉄道が開通。その後は鉄鋼,機械を中心とした工業都市として発展。現在は電気・電子機器を中心に,機械,金属,光学機器,化学など各種の工業が立地し,北部バイエルン工業地帯の中心をなしている。玩具の国際見本市は特に有名。市街は第2次世界大戦中にほとんど破壊されたが,現在もなお 1452年完成の城壁 (長さ約 5km,当初 128あった塔のうち 60は無傷) に囲まれ,デューラーの家,ルネサンス様式の市庁舎 (14~17世紀) ,ゴシック様式の聖セバルドゥス聖堂 (1240頃~73) および聖ロレンツ聖堂 (1350) ,帝国直轄都市時代の城塞などとともに昔の姿を伝えている。ナチスの戦争責任を問う国際軍事裁判 (1945~46) の開廷地。人口 50万3673(2010)。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

ニュルンベルク(Nürnberg)
ドイツ中南部、バイエルン州の商工業都市。中世から商業都市として発展し、多くのゴシック建築が残る。玩具・文具製造が盛ん。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

ニュルンベルク【Nürnberg】
ドイツ南部,バイエルン州にある都市。人口49万6000(1995)。ヨーロッパの南部と中部を結ぶ交通の要衝に位置する。中部フランケン地方にあり,ペグニッツPegnitz川に面し,ライン川,マイン川とドナウ川を結ぶライン・マイン・ドナウ運河にも面している。中世以来玩具製造,木彫武具,時計製造などの手工業で有名であり,現在も電気器具やエンジンの生産のほか,レープクーヘンなどの食品生産も盛んである。商業の中心地でもある。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

日本大百科全書(ニッポニカ)

ニュルンベルク
にゅるんべるく
Nürnberg

ドイツ南東部、バイエルン州の都市。ペグニッツ川の両岸に発達する。人口49万3400(2002)で、州都ミュンヘンに次ぐ同州第二の都市。また南ドイツ有数の工業都市で、伝統のある金属工業のほか、機械、精密機械、光学・電気製品、玩具(がんぐ)、文具などの製造が盛んである。工業・住宅地区が周辺に拡大し、エルランゲン、フュルトとともに一つの経済空間を形成している。神聖ローマの帝国都市であったため、中心市街は城壁で囲まれ、再建された城(11~16世紀)や聖ローレンツ教会(14~15世紀)など、歴史的建造物が保存されている。また、この地で活躍した詩人ザックス、画家デューラー、彫刻家クラフトや、世界最初の地球儀をつくったベハイムらのゆかりの名所・旧跡も多い。大学、師範大学、造形美術アカデミー、応用技術アカデミーなどがあり、文化の中心地ともなっている。

[石井英也]

歴史

11世紀前半、神聖ローマ皇帝コンラート2世が王宮を開いたのが発展の始まりで、帝国貨幣鋳造所の設置と市場開設権の賦与(1062)、関税徴収所の設置(1112)など、着々と都市の機能を整えていった。1219年皇帝フリードリヒ2世の特許状により、帝国都市として貨幣鋳造、関税の徴収などの大幅な特権が確認された。カール4世の「金印勅書」(1356)により、新たに選出される歴代の神聖ローマ皇帝は最初の帝国会議をニュルンベルクで開催すべきことが規定され、政治的にも重要な都市となった。中世末・近世初頭の南ドイツの経済的繁栄期、いわゆるフッガー家の時代(15、16世紀)には、アウクスブルクと並んで重要な役割を演じ、ザックスやデューラーらもこの時期に活躍した。三十年戦争(1618~48)以降、経済的には下り坂になるが、19世紀以降、工業都市として再生する。ナチス時代、この地で毎年党大会が開かれ、その関係で第二次世界大戦後の戦争犯罪人に対する国際軍事裁判がここでなされた。

[平城照介]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

ニュルンベルク
(Nürnberg) ドイツ南部、バイエルン州の都市。一四世紀以来、西ヨーロッパ有数の商業都市として繁栄。一五三二年ニュルンベルクの宗教和議、第二次世界大戦後の国際軍事裁判の開催地として知られる。

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

旺文社世界史事典 三訂版

ニュルンベルク
Nürnberg
ドイツ南部,バイエルン州にある商工業都市
1219年以後,自治権を持つ帝国都市となり,15世紀以後,アウグスブルクと並ぶ商業・文化の中心地となった。宗教改革期にはプロテスタント側に立ち,デューラーらが活躍したが,三十年戦争後衰退。1933年以後,ナチスの党大会開催地となり,また第二次世界大戦後のドイツ第1級戦争犯罪人の裁判もこの地で行われた。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
執筆者一覧(50音順)
小豆畑和之 石井栄二 今泉博 仮屋園巌 津野田興一 三木健詞
 
Copyright Obunsha Co.,Ltd. All Rights Reserved.
それぞれの項目は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ニュルンベルク」の用語解説はコトバンクが提供しています。

ニュルンベルクの関連情報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation