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ネッケル

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ネッケル
Necker, Jacques
[生]1732.9.30. ジュネーブ
[没]1804.4.9. コペー
フランス,ルイ 16世時代の財務総監。 16歳のとき I.ベルネの銀行に雇われ,1762年ベルネの隠退にあたってベルネの甥 P.テリュソンに銀行の共同経営者として抜擢された。公共融資,穀物への投機などによって大財産家となり,68年にジュネーブ市のパリ駐在官となる。 75年 A.テュルゴーの穀物自由貿易政策を批判する論文を書き,77年6月新教徒で外国人であるにもかかわらずルイ 16世に登用され財務総監となった。在職中,国庫財政を建直すため税制の改革を行なったほか,ベリーやオートギュイエンヌに地方三部会を招集した。 81年『財政報告書』 Compte renduを提出し,フランスの財政状態を初めて公表したため,宮廷の攻撃を激しく受けて同年5月辞職。 84年自己の政策を正当化するため『フランス財政論』 Administration des financesを出版。 88年8月 C.カロンヌのあとをうけて財務総監に返り咲き,全国三部会の招集に賛成した。 89年7月第三身分の反抗が高まり宮廷が弾圧策をとるにいたって辞職。バスティーユ攻略後復職したが,革命に順応できず 90年退職。その後は娘のスタール夫人とともにスイスのコペーに引きこもり述生活に入った。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

ネッケル(Jacques Necker)
[1732~1804]フランスの財政家・政治家。ジュネーブ生まれ。文学者スタール夫人の父。フランス革命前後、財務総監として財政改革にあたった。著「財政論」。ネケール。

出典:小学館
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世界大百科事典 第2版

ネッケル【Jacques Necker】
1732‐1804
スイス生れでパリで活躍した銀行家,政治家。ジュネーブのプロテスタントの家に生まれ,1747年にパリに出て銀行家として成功し,やがて経済理論家としても知られるようになった。その経済思想は,重農学派自由主義を批判して国家による統制を重視するものであった。77年に財務長官に任じられた彼は,財政の赤字を埋めるために公債政策をとり,租税負担を公平にするために課税方法の改革を試みた。しかし,アメリカ独立戦争への援助などにより財政はさらに窮迫し,公債政策はかえって国家の利子負担の増加を招いたので,行き詰まった彼は81年,《国王への財政報告書》を公表して実状を明らかにするとともに辞任した。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

ネッケル
ねっける
Jacques Necker
(1732―1804)

フランスの財政家、政治家。ジュネーブ近郊のコッペの生まれ。イギリス系プロテスタントの家系に属し、父は法学教授。1747年パリに出て銀行員となる。1763年「チュルソン・ネッケル銀行」を設立、2年後には両インド会社理事として腕を振るい、1773年パリ・アカデミー懸賞論文「コルベール賛辞」が入賞。チュルゴーの穀物取引自由化策に反対の立場で、宮廷の一部勢力の支持を受けて1776年国庫局長、翌1777年財務長官に登用された。外国銀行からの借入金や、官職の削減、冗費の節約によって国庫収支の改善を図った。地方三部会をもたない地域で議会の導入を試み、租税の合理的配分や公共土木事業を自主的に計画させた。

 1781年、宮廷貴族の年金などを財政報告で公表したため免職となったが、1787年、第一次名士会を前にカロンヌと財政をめぐり論戦したのち、1788年8月、財務長官に復職。第二次名士会に全国三部会の招集方式を諮問し、国務顧問会議で第三身分議員の倍増を認めさせた。三身分の合同討議には消極的であったが、1789年6月の国民議会成立のときはこれを追認した。その後、事態の責任をルイ16世王妃やアルトア伯から追及され7月11日罷免。これは民衆を憤激させ、このためバスチーユ占拠事件が起こった。復職後、立憲体制は受け入れたが、党派に属さず、アッシニャ紙幣の発行や国庫の管理をめぐって立憲議会と対立。1790年9月に最終的に辞職し、コッペに引退。『財政論』や『フランス革命論』などの著作活動で余生を送った。

 なお、ロマン派の評論家・小説家として有名なスタール夫人は彼の娘である。

[岡本 明]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

ネッケル
(Jacques Necker ジャック━) フランスの銀行家、財政家。ルイ一六世の財務長官となり、財政緊縮・国債発行などにより財政の危機打開に尽力。国務長官としての三部会改革の提言はフランス革命の導火線となった。(一七三二‐一八〇四

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旺文社世界史事典 三訂版

ネッケル
Jacques Necker
1732〜1804
フランスの財政家
ジュネーヴ生まれのプロテスタントで,パリで銀行家になった。1777年ルイ16世により財務総監に就任し,特権身分への課税などの改革にあたったが,貴族の反対で81年辞職。1788年に再任され,召集が決定した三部会を第三身分が有利になるように努力したが,翌年免職。これを機にバスティーユの襲撃が起こると,ルイ16世の要請で復職したが,国民議会と対立して1790年に辞職。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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