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ネブカドネザル2世【ネブカドネザルにせい】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ネブカドネザル2世
ネブカドネザルにせい
Nebuchadnezzar II
[生]前630頃
[没]前562.8/9.
新バビロニア帝国の王 (在位前 605~562) 。バビロニア名ナブ=クドゥリ=ウスル。ナボポラッサルの子。前 607~606年皇太子としてアッシリア北部に遠征,前 606~605年エジプト軍に撃退されると,父王に代って軍の総帥となり,カルケミシュハマトネコ2世の率いるエジプト軍を撃破,シリアの大半を制圧した。前 605年8月に父王が没したあと3週間で政権を掌握,父の築いた王国を継承して即位。前 604年6~12月シリアとパレスチナに遠征し,ユダを属国とした。前 601~600年エジプトに大敗し,ユダをはじめ多くの属国を失ったが,態勢を立直し,前 599年 12月にはアラビア北西部を攻撃,前 597年3月には,エルサレムを攻略し,エホヤキン王をはじめ,ユダヤ人をバビロンに連行 (第1回バビロン捕囚 ) ,続いてシリア,東部バビロニアに転戦した。前 586年8月再びエルサレムを攻略し,第2回バビロニア捕囚をユダヤ人に強いている。その後も戦いを続け,前 568~567年にもエジプトに侵入を企てている。一貫してアッシリア帝国の領土拡大政策を踏襲し,後年ナポレオンに比せられた。バビロンの再建,拡充にも力を注ぎ,彼の建てたマルドゥク神殿,イシュタル門と行列道路,「バビロンの吊り庭園」と呼ばれる宮中庭園は有名である。ユダヤ人を苦しめたが,エレミヤを保護し,聖書では悪人を懲らしめる神の器とみなされている。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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