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ハイデッガー

デジタル大辞泉

ハイデッガー(Martin Heidegger)
[1889~1976]ドイツの哲学者。キルケゴールディルタイ解釈学の影響のもとに、フッサール現象学を発展させた。哲学の対象である存在は、実存を通してのみ理解可能であるとする、基礎的存在論としての実存哲学を形成した。その後、1930年代以後の思索は、存在そのものの解明に向かった。著「存在と時間」「形而上学とは何か」など。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
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世界大百科事典 第2版

ハイデッガー【Martin Heidegger】
1889‐1976
ドイツの哲学者。西南ドイツの小村メスキルヒでカトリック教会の職員の長子として生まれ,普通教育のあと司教に嘱望されて1909年フライブルク大学に入学し,はじめ神学を,やがて哲学を修めた。この転向については,F.ブレンターノの《アリストテレスにおける存在の多様な意味について》(1862)という学位論文精読から得た感銘契機になったと伝えられる。はじめリッケルトやE.ラスクの代表する新カント学派の影響を受け,ついでフッサールの《論理学研究》(1900‐01)から決定的な啓発を受け,15年に同大学の私講師に任ぜられると同時に,フッサールの助手としてその指導のもとにアリストテレスの現象学的解釈にたずさわった。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

ハイデッガー
はいでっがー
Martin Heidegger
(1889―1976)

ヤスパースと並んでドイツの実存哲学を代表する哲学者。

[宇都宮芳明 2015年3月19日]

生涯

9月26日南ドイツのメスキルヒに生まれる。1909年フライブルク大学に入学、初めは神学を学んだが2年後に哲学に転じてリッケルトなどに学び、1914年に学位論文『心理主義における判断論』を、1916年に教授資格論文『ドゥンス・スコトゥスのカテゴリー論と意義論』を発表する。この間すでに著書を通じてフッサールの現象学を熱心に学んでいたが、そのフッサールが1916年にフライブルクの教授として来任、二人の間に親密な師弟関係が結ばれる。

 1923年マールブルク大学教授となり、1927年に主著『存在と時間』を公刊、1928年には定年で退いたフッサールの後を継いでフライブルク大学に戻った。1931年には従来のカント解釈をくつがえす『カントと形而上(けいじじょう)学の問題』や、小冊子ながらも豊富な内容をもつ『形而上学とは何か』『根拠の本質について』を刊行、1933年には推されてフライブルク大学総長となったが、このころナチスに入党、全体主義的色彩の濃い就任演説を行う。しかし1年足らずでナチスと衝突して総長を辞任、以後研究生活に没頭、ヘルダーリンに関する論稿以外はほとんど成果を世に問うこともなく、1945年、第二次世界大戦の終結を迎えた。

 戦後はナチス協力の理由で教職から追放されたが、1951年復職、1976年5日26日の死を迎えるまでなお旺盛(おうせい)な思索活動を続け、戦前や戦中の成果をも含めた著作を次々に発表し、戦後のドイツ思想界に第二次ハイデッガー・ブームとでもいうべきものを引き起こした。戦後刊行されたおもな著作に、『ヒューマニズムについて』(1947)、『森の道』(1950)、『ヘルダーリンの詩の解明』(増補第2版・1951)、『形而上学入門』(1953)、『講演論文集』(1954)、『同一性と差異』(1957)、『ニーチェ』全2巻(1961)などがある。

[宇都宮芳明 2015年3月19日]

思想と影響

ハイデッガーが戦前のドイツ哲学界で注目の的となったのは『存在と時間』によるが、これは当時彼がまとめつつあった全構想の前半部にあたり、フッサール編集の現象学に関する研究年報に第1部として発表された。彼によると、哲学は昔から「存在」とは何かを問う存在論にほかならないが、この第1部では存在を理解する唯一の存在者である人間(現存在)の存在(実存)が現象学的、実存論的分析の主題とされ、現存在の根本的な存在規定である「関心」の意味が「時間性」として確定される。第1部はここで終わり、彼はそこから『存在と時間』の本来の主題である「存在」と「時間」の関係に戻り、現存在の時間性を手掛りとして存在の意味を時間から明らかにするとともに、歴史的、伝統的な存在概念の由来を同じく時間の地平で究明する予定であったが、この後半部は未発表に終わった。

 つまり、彼が実存思想の代表者とみなされたのは、この現存在の実存論的分析の部分によるので、そこでは不安、無、死、良心、決意、頽落(たいらく)といった、すでにキルケゴールによっても扱われた実存にかかわる諸問題がきわめて組織的、包括的に論じられている。現存在の存在意味が過去、現在、未来の三相の統一である時間性として示されたことも、人間が時間的、歴史的存在であるという「生の哲学」以来の考えを実存の視点からとらえ直したものであった。ちなみに、彼の現存在分析の手法は、精神分析から文芸論、さらには神学にまで影響を与えている。

 1935年前後を境として、ハイデッガーの思索は、存在そのものを直接問う方向に向かう。存在は、個々の存在者と同列の一存在者ではなく、存在者をそれぞれの存在者として存在させる特異な時間=空間であり、人間はそこに立ちいでるものとして「開存」Ek-sistenzである。西洋の哲学は、ハイデッガーによると、古代から存在を存在としてではなく、存在者としてとらえる「形而上学」であって、そこから彼の、これまた特異な史観といえる存在史観が生まれる。存在者を人間の客体として技術的に処理する人間中心的な「閉存」の立場は、この形而上学に、つまり「存在の忘却」に由来する。現代に必要な一事は、形而上学の歴史的由来を知ることによって存在忘却を克服し、歴史を支配する存在そのものに聴従しながら、それを守蔵することである。

 ハイデッガーのこうした後期の存在の思索が、『存在と時間』の目標であった存在そのものの解明と連続しているか否かについては、いろいろ議論があるが、しかし人間の本来的なあり方についての見方が、悲劇的、英雄的実存から諦観(ていかん)的開存へと変化していることは確かで、そうした意味では後期のハイデッガーをサルトルなどと同列の実存主義者とみることはできない。なおハイデッガー自身は、前期・後期を通じて一貫して実存哲学者とか実存主義者とよばれるのを拒否していることも、付け加えておこう。

[宇都宮芳明 2015年3月19日]

『宇都宮芳明他訳『ハイデッガー選集』全33巻(1952~1983・理想社)』『辻村公一他編『ハイデッガー全集』全102巻(1985~ ・創文社)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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旺文社世界史事典 三訂版

ハイデッガー
Martin Heidegger
1889〜1976
ドイツの哲学者
フッサールの現象学を継承しつつも,ニーチェのニヒリズム,ディルタイの解釈学,キェルケゴール哲学の影響を受けて実存哲学に到達し,第一次世界大戦後のドイツ思想界に大きな影響を与えた。1933年フライブルク大学総長となったが,ナチスを支持したため,戦後,一時追放された。主著『存在と時間』は20世紀最大の哲学書とされる。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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