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ハルデンベルク

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ハルデンベルク
Hardenberg, Karl August, Fürst von
[生]1750.5.31. ハノーバー,エッセンローデ
[没]1822.11.26. ジェノバ
ドイツ,プロシアの政治家。 1770~81年ハノーバーの官僚となり,82年ブラウンシュワイク侯に仕え,90年アンスバハ=バイロイト辺境伯領長官となったが,翌年同地のプロシア併合に伴いプロシア政府に仕えた。フランス革命の際,ライン戦争に参加,95年バーゼル条約にプロシアを代表して調印,1804年プロシア外相となった。 K.シュタイン改革に積極的に協力,10年シュタインの跡を継いで宰相となり,ギルドの特権の廃止による営業の自由の確立,税制改革を中心とする財政改革,ユダヤ人への市民権の供与,国民教育の充実と学芸の振興など自由主義的な行政・経済改革を精力的に推進し,G.シャルンホルストや A.グナイゼナウによる軍制改革にも全面的な支援を与えた。外政面では一応フランスに従属しつつ,イギリスなど列強との連帯を強め,ナポレオン1世のモスクワからの敗退後,13年国王を動かしてフランスに宣戦させ,解放戦争を指導して 14年パリ条約に調印した。 14~15年のウィーン会議にはプロシア代表として出席し,領土拡張に一応は成功したものの,多くの場合メッテルニヒの思うままにあやつられ,その後は内政の面でも保守勢力との妥協に傾いた。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

ハルデンベルク(Karl August Hardenberg)
[1750~1822]プロイセン政治家。1810年、シュタインの後を継いで宰相となり、ウィーン会議全権として出席し、領土拡大に成功。ギルドの廃止、商業の自由の確立、各種税制の改革などに努力した。

出典:小学館
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世界大百科事典 第2版

ハルデンベルク【Karl August Hardenberg】
1750‐1822
プロイセンの政治家。1810年宰相に就任し,シュタインを継いで22年までプロイセン改革を推進,とくに財政と経済の再建のため,ツンフト特権の除去(〈営業の自由〉の確立)や国内関税の撤廃を行い成果をあげた。ウィーン会議にはプロイセン全権代表として出席,西方への領土拡張を果たした。会議後は反動化の風潮に抗しえず,地主本位の農業立法の制定や立憲化の挫折など改革は停滞した。【末川 清】

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

ハルデンベルク【Karl August Hardenberg】
1750~1822 プロイセンの政治家。シュタインの改革を引き継ぎ、財政再建・自由営業の確立などを行なった。ウィーン会議に全権代表として出席、領土の拡大に成功。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

ハルデンベルク
はるでんべるく
Karl August Frst von Hardenberg
(1750―1822)
プロイセンの政治家。由緒ある旧貴族の家柄に生まれる。母国ハノーバーなど各地で改革的官僚として活躍。1791年以後プロイセン国王に仕え、1804~1806年、1807年外相となったが、ナポレオン1世の要求で罷免された。1810年、シュタインが罷免された後を受けて宰相になり、以後シュタイン‐ハルデンベルクの改革として知られるプロイセン改革をはじめとして、内・外政を指導した。行政機構・教育制度・軍制の改革、農業改革、営業の自由化、ユダヤ人の解放など広範な自由主義的改革を推進、国力の急速な復興に貢献したが、ユンカーに大幅に妥協した農業改革など不徹底な面も残した。対外的には、解放戦争に参加してナポレオンを倒し、ウィーン会議ではプロイセン全権代表として出席、領土拡大に成功してプロイセンの国際的地位を高めた。しかし王政復古下の憲法制定と議会開設の努力は実を結ばなかった。[岡崎勝世]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

ハルデンベルク
(Karl August Fürst von Hardenberg カール=アウグスト=ヒュルスト=フォン━) プロイセンの政治家。一八一〇年宰相となり、ツンフト特権の廃止、国内関税の撤廃などで経済の回復をはかる一方、列強と同盟してナポレオンを破り、ウィーン会議で領土拡大に成功した。(一七五〇‐一八二二

出典:精選版 日本国語大辞典
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