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ハレム

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ハレム
harem
アラビア語の ḥarīm (禁じられた) に由来し,禁制の場所を味する。特に,イスラム教徒の住居における婦人のための部屋をいい,夫や父以外の男子入室が禁じられた。 10世紀頃から宮廷における後宮発達に伴い,その呼称ともなった。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

ハレム(harem)
《「ハーレム」とも》
イスラム教国の王室や上流家庭の婦人部屋。近親者以外の男子は出入り禁制であった。
イスラム教王室の後宮。
一人の男性がたくさんの女性を侍らせる所。動物の世界などにもいう。「アザラシがハレムを作る」
[補説]語源アラビア語ḥarīm(禁じられたもの)から。

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監修:松村明
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世界大百科事典 第2版

ハレム【harem】
アラビア語ハリームḥarīmがトルコ語に入ったもので,出入禁断の場所の意だが,とくにイスラム世界において家屋内の婦人専用の部分を意味する。イスラムの風俗習慣には,ジャーヒリーヤ時代からのアラビアのそれが引き継がれたものが多いが,婦人がベールで面部や他の部分をも覆う風習もイスラム以前からあった。しかしハレムに押し込められることは,イスラム時代になってから,とくに厳しく行われるようになった。コーラン33章53~59節には,メディナにあった預言者ムハンマドの家,とくにその妻たちに対しムスリムたちが守るべき心得をいろいろ記してある。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

ハレム【harem】
ハーレムとも。出入り禁断の場所の意
イスラム社会で、婦人専用の居間。血族以外の男の出入りを厳禁した。閨房けいぼう
オスマン帝国の王室の後宮。
転じて、一人の男性が愛欲の対象として多くの女性を侍らせたところをいう。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

ハレム
はれむ
harem
イスラム世界で民家、館(やかた)、宮殿などの家屋において、婦人たちの起居する場所。アラビア語ハリームharmのトルコ語化されたことばで、本来は「禁ぜられた」「神聖なる」を意味することばである。「コーラン」の聖句(第24章)のなかに、「貞淑を守れ、外に現れるもののほかは美や飾りを目だたせてはならない。自分の夫、親、舅(しゅうと)、息子、幼児以外のものに恥部を見せてはならない」と述べられている。これらの戒めが女性隔離の習慣となった。宮廷における女性の幽居制の始まりは、ウマイヤ朝の初代カリフ、ムアーウィヤ(在位661~680)のころといわれている。アッバース朝のカリフや高官のハレムのようすは『千夜一夜物語』に描かれていて名高い。
 オスマン帝国の宮廷においてもハレムはつねに存在していた。とくに知られているのは、メフメト2世がコンスタンティノープル征服(1453)後、バヤジト地区に造営した宮殿で、ハレムの規則も制定された。帝はその宮殿から1465年に新たに建造したトプカプ宮殿に移るとき、ハレムの女性300人と70人の宦官(かんがん)をそこに残した。ハレムを監督するのは宦官たちで、初期にはスラブ系の白人宦官長もいたが、16世紀後半から廃止に至るまで黒人宦官長が務めた。トプカプ宮殿にハレムが移されたのは1578年ムラト3世が宮殿の奥に寝室を造営させた後といわれている。そこは以後、1853年にドルマバフチェ宮殿に移転するまで400年の間、歴代のスルタンによって次々と増築されたため、狭い通路、中庭、大小数百の部屋が雑然と並ぶ迷宮の様相を呈し、その原形はよくわからない。ハレム内の婦人たちはスルタンの親族(母后、夫人たち、その子供)、オダルック(「部屋付き」の意。側室候補である女奴隷)、彼女らを世話する女官たちからなっていた。スレイマン1世(在位1520~66)の時代まで、スルタンの配偶者は近隣の王の娘や豪族の娘から選ばれたが、帝国の領土拡大に伴い、戦争で捕虜になった者、奴隷商人から購入された者、高官から献上された者がハレムに入った。彼女たちは女奴隷(ジャーリエ)とよばれ、イスラム教に改宗し、読み書き、刺しゅう、踊り、楽器演奏などを学び、スルタンの目通りを待った。ハレム第一の権力者はスルタンの母親であった。1909年アブデュル・ハミト2世が退位させられると、最後の宮殿ユルドゥズ宮のハレムにいた女性たちは親類縁者に引き取られ、ハレムは事実上閉鎖された。[永田雄三]
『板垣雄三編『世界の女性史 14 閉ざされた世界から』(1977・評論社)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

ハレム
〘名〙 (ḥarim 「禁じられた場所」「神聖な場所」の意)⸨ハーレム⸩
① イスラム教徒上流家庭の、妻妾の居室。近親者以外の男子は出入りを禁じられた。
② イスラム教王室の後宮。
※漫遊記程(1877)〈中井弘〉上「此宮殿は支丹の後宮(パレム)チリカル郡の美女を集めたるものなりと云」
③ 転じて、一人の男性が、愛欲の対象となる多くの女性を侍らせた所。

出典:精選版 日本国語大辞典
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