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バイキング

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

バイキング
Viking
8世紀末から 11世紀中頃までヨーロッパ,ロシアに侵入,略奪と商業によって大きな影響を与えた北方ゲルマン族の総称。初めは小規模で一時的な奪行為であったが,次第に国王みずから統率する大船団による略奪遠征,あるいは妻子を伴った植民,領土獲得となり,中部イングランド,北フランス (ノルマンディー) は主としてデンマーク系バイキングから成る自治地域となった。スウェーデン系バイキング (→バリャーグ人 ) は主として東方へ向い,ロシア,コンスタンチノープルで武装団,商人として少なからぬ役割を果した。またノルウェー系バイキングはスコットランド,アイルランド,アイスランドに植民し,11世紀初めにはシチリア島に国家を建設した。他方原住地においても多数の小王国が統合され,北欧3国が建設された。バイキングによる海外進出の結果キリスト教と西ヨーロッパ諸国の文化が流入し,商業,都市の発達,貨幣鋳造などが行われた。このような北方ゲルマン族のエネルギーは,人口増,土地不足に原因を求められているが,必ずしも明確ではない。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

バイキング(Viking)
8世紀から11世紀にかけて、スカンジナビア半島やデンマークを根拠地として、海上からヨーロッパ各地を侵攻した北方ゲルマン族の通称。ビーキング。→ノルマン人デーン人
バイキング料理」の略。
バイキング計画」の略。
遊園地などにある乗り物の一。船を模した大型のぶらんこ

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
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とっさの日本語便利帳

バイキング
食べ放題のセルフサービス式料理。和製用法で、正しくはフランス語のbuffet(ビュッフェ)。

出典:(株)朝日新聞出版発行「とっさの日本語便利帳」

和・洋・中・エスニック 世界の料理がわかる辞典

バイキング【Viking】
「バイキング料理」の略。⇒バイキング料理

出典:講談社
(C)Kodansha 2010.
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世界大百科事典 第2版

バイキング【Viking】
8世紀末~11世紀にヨーロッパを襲ったスカンジナビア人の海賊。
語源
 古北欧語ではビーキングvíkingrと記され,‐ingは人を表す。víkについては,古北欧語で入江,小湾を指すvík,オスロの周辺部の古い地名Vík(またはVíkinn),古英語で交易地を指すwíc(ドイツ語Wik,ラテン語表記vicus)など諸説あり,学問的な定説はない。ビーキングの呼称は主としてアイスランド,ノルウェーのなどにみられる。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

バイキング
テーブルに並べられた各種の料理を,セルフサービスで各自に取りわけて食べる食事の様式。この意味で〈バイキング〉の語を使うことは,高度成長期以降の日本で行われるようになったものである。その形式は,16世紀以来,スウェーデンで行われてきた,料理をすべてテーブルに並べて,皆で取りわけて食べる習慣が,19世紀に様式化されて完成した〈スメルゴスボードsmörgåsbord〉(smörgåsはバターつきのパン,転じてオープン・サンドイッチの意,bordはテーブルの意)というパーティ料理に由来する。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

バイキング【Viking】
八世紀から一一世紀にかけて、スカンディナビアやデンマークから、海路ヨーロッパ各地に進出したノルマン人の別名。略奪行為・征服だけでなく、植民・交易・建国など活動は多方面に及んだ。
「バイキング料理」の略。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

バイキング
ばいきんぐ
Viking デンマーク語 スウェーデン語 英語
Wikingドイツ語
8世紀末より11世紀後半にかけて海上からヨーロッパ各地に侵入した北ゲルマン人(ノルマン人)の別称。「バイキング」は英語読みで慣用的に用いられるが、「ビーキング」の呼び方が正しい。デンマーク系、ノルウェー系、スウェーデン系に大別される。この民族の移動は、同じころヨーロッパに侵攻したマジャール人やイスラム教徒アラブ人とともに、第二の民族移動ともよばれる。バイキングの語源に関しては、アングロ・サクソン語のwicing(戦士)、北欧に多いvik(入り江)の住人、vicus(商品集積地)を訪れる者などの諸説があるが、定説はない。
 一般にバイキングの活動の原因には、人口増加による土地不足、海外に新天地を求めた首長の存在、遠征に適した気候の温暖化などが考えられるが、帆を装備して河川航行、大洋航海とも可能な快速軍船の開発がなされたことが前提であろう。これにより、大洋を越え、沿岸部から主要河川を内陸深く遡行(そこう)し、敏速な奇襲戦法でかなりの成功を収めたからである。その活動は、略奪行為にとどまらず、征服、植民、交易、傭兵(ようへい)と多様に変化した。初期の段階では、戦利品獲得を目的とした夏期の「出稼ぎ」的遠征で、無防備な教会・修道院を襲撃しては冬期以前に故地へ戻っていたが、徐々に異国の河口・沿岸部で越冬を始め、ここから侵入を繰り返しつつ組織化し、定住していった。同時に、当時のヨーロッパ内部の分裂状態は侵入を容易にし、また王侯のなかにはバイキングの侵攻にバイキング傭兵で対処した者もおり、彼らの植民に拍車がかけられて、イングランドのデーン・ローDane law地方(デーン人の法慣習施行地域)、フランスのノルマンディー公国、ロシアのノブゴロド公国などの建設をみるに至った。
 総じてこれらの対外活動は、西欧封建社会成立の重要な契機となり、またこの時代は北欧諸国の政治的統一期であった。さらにヨーロッパ各地での略奪、植民、交易活動は、デンマークのヘズビュー、スウェーデンのビルカ、ノルウェーのカウーパンなどの主要交易地を発展させ、遠隔地交易を促進し、またこの交易路に沿ったキリスト教伝道活動により、北欧はオーディンやトールの神々を信奉する異教社会から、しだいにヨーロッパ・キリスト教世界へと編入されていくのである。以下に、デンマーク系、ノルウェー系、スウェーデン系のそれぞれの活動を概観する。[荒川明久]

デンマーク系

デンマークからの遠征は、9世紀初頭、フランク王国カール大帝のザクセン人平定により国境南部を脅かされたデーン人ゴズフレズ王が、フリースラントを攻撃したことに始まる。大帝以後の諸王は、沿岸防備強化と艦隊建造でこれに対抗したが効果は薄く、同世紀中ごろまでに商業地ドレスタットやカントビック、ハンブルクなどが略奪、破壊された。当時すでにイングランド北東部に植民していた部隊も加わり、マース川流域や内陸のトリールに達する勢いであったが、ルーバンでアルヌルフ王に撃破され、敗走した(891)。一方、820年以降ノルマンディー地方に定住し始めた一団はセーヌ川をさかのぼり、執拗(しつよう)にパリを攻囲、占領し(845~889)、その結果シャルル3世(単純王)はサン・クレール・シュル・エプト条約(911)で、改宗を条件に首長ロロをノルマンディー公に封じた。ここでは彼らは急速にフランス化し、以後侵入もやんだ。
 イングランド北東部は、835年ごろから襲撃され、同世紀中ごろには広範な植民が進み、ここから大陸攻撃もなされた。ウェセックスのアルフレッド大王は、彼らの南下を阻止し、条約でデーン・ロー地方を承認した(886)が、大王没後この地域はふたたびウェセックス王家の支配に服した。925~980年にかけて平穏な時代が続くが、これは「全デンマークとノルウェーを獲得し、デーン人をキリスト教徒にした」とイェリング大石碑に彫られたハラール(青歯王)の統一事業(960ころ)など、北欧内の情勢に起因しよう。10世紀末になると、ノルウェーのオーラフ1世やハラールの子スベン(双髯(そうぜん)王)は、イングランドを威嚇して多額のデーン税を徴収し(994)、さらにスベンの子クヌード(大王)はデンマーク・ノルウェー・イングランド王となり、キリスト教的「北海帝国」を樹立した(1017~35)。1066年、ノルマンディー公ギヨーム(ウィリアム1世)のイングランド征服以後は侵入もやみ、ここにノルマン朝封建国家が形成された。[荒川明久]

ノルウェー系

ノルウェー系は、8世紀末にシェトランド、オークニー両諸島を基地としてスコットランドやアイルランドの沿岸部をうかがった。9世紀初期にはマン島に植民してアイルランド侵攻を開始し、837年にトゥルゲイスTurgeis(生没年不詳)は要塞(ようさい)市ダブリンを建設してアイルランド王を自称した。オーラフ白王の建設した(853)ダブリン王国の諸王は、のちにイングランド北部でデーン人と争い、他方アイルランド統一を試みるが、先住民の王ブライアン・ボルーBrian Boruに撃破され(1014)、衰微した。しかし、彼らがアイルランドに建設した基地は、のちに交易地として発展する。このころイングランドではノルウェーのオーラフ1世、オーラフ2世らの大規模遠征を経て、ハラール3世(強意王)は征服を企てたが、スタンフォード橋で戦死し(1066)、これがイングランド最後の大攻勢となった。
 フランク王国では、843年にルーアンが焼かれ、翌年ウェストファルディンギWestfaldingi(オスロ峡湾のベストフォルVestfold地方の住人の意)がロアール河口のナントを略奪し、塩とワインの集積地ノアールムーティエ島で交易に従事した。彼らのなかには、イベリア半島を迂回(うかい)して地中海のイスラム教徒勢力と接触した者もいた。
 北大西洋ではフェロー諸島を拠点に860年ごろアイスランドが発見され、930年ごろまでに植民が完了、アルシンク(国会)が設立された。アイスランド人エリック(赤毛の)は、グリーンランドに向かって植民し(982ころ)、息子のレイブ(幸運児)は1000年ごろアメリカ北東岸を探検したが、植民には至らなかった。[荒川明久]

スウェーデン系

東方に進出したのはおもにスウェーデン系で、スウェーデンで発見される多数のルーン碑銘は、「東方で没した」同胞を記念したもので、ギリシアやセルクランド(カスピ海の東部地方)に言及するものもある。
 彼らは7世紀からバルト海東岸部に進出し、9世紀には北ロシアのラドガ湖周辺に定住して、ドニエプル川と黒海によりビザンティン帝国と、またボルガ川沿いにカスピ海を越えてイスラム教国と、おもに交易関係をもった。『ベルタン年代記』は、839年ロシアを通過し、ビザンティン帝国の使節に随伴してルイ1世(敬虔(けいけん)王)を訪れたスウェーデン人を記録する。1112年ごろにキエフで編纂(へんさん)された『原初年代記』によると、862年ルーシ(スウェーデン人をさすフィン語の訛(なま)り)の首長リューリクは、スラブ人らに招致されノブゴロド公国を、また部下のオレーグは、882年に遷都してドニエプル川中流にキエフ公国を建設した。10世紀に入ると、ルーシ人はビザンティン帝国の首都コンスタンティノープルに遠征し、種々の商業特権を帝国領内で獲得するが、両者間で結ばれた912、945両年の通商条約に署名されたルーシ人名の比較から、彼らの急速なスラブ化の過程が判明する。しかし、キエフ諸公と、オーラフ1世、オーラフ2世ら北欧諸王との親縁関係は、以後も維持された。この時代、キエフやコンスタンティノープルで傭兵あるいは皇帝の親衛隊として勇名をはせた北欧人はワリャーグとよばれ、ノルウェーのハラール3世は著名であるが、彼らを通じてギリシア正教、ビザンツ文化がロシア、北欧にもたらされた。
 一方、9世紀ごろにノブゴロドからボルガ川中流の町ブルガルの大市へ赴き、さらにカスピ海へ下ってアラブ人と交易関係を維持した者もあるが、彼らは9~10世紀中ごろまで北ロシアやスウェーデンにアラブ銀貨を多量に流入させ、アラブ人は彼らをルーシ商人とよんでいた。[荒川明久]
『ジャクリーヌ・シンプソン著、早野勝巳訳『ヴァイキングの世界』(1982・東京書籍) ▽熊野聰著『北の農民ヴァイキング――実力と友情の社会』(1983・平凡社)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

バイキング
〘名〙 (Viking)
① 八世紀末から一一世紀にかけて、デンマーク・スカンジナビア半島を居住地として、ヨーロッパ各地に進出活躍した北ゲルマン人の別称。海賊行為だけではなく、交易、植民、建国、傭兵など多面的な活動をした。本来の語義は「入り江の民」ということらしいが、のち海賊を意味する俗称となった。
※私の食物誌(1965)〈池田彌三郎〉12月23日「銀座東急ホテルの中華料理のバイキングにつれていってやろうとしたら」

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