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バッハ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

バッハ
Bach, Alexander, Freiherr von
[生]1813.1.4. ルースドルフ
[没]1893.11.13. シエーンベルク
オーストリアの政治家。初め自由主義的な法律家として三月革命に加わり,フランクフルト国民議会の議員に選ばれたのち,1848年7月,法相に任じられた。しかしまもなく保守主義に転じ,同年 11月以降,F.シュワルツェンベルク首相のもとで法相,内相を歴任,革命運動の圧殺に努めた。「バッハ体制」と呼ばれる彼の官僚主義的な国家再建政策は,経済の復興を助ける反面,オーストリアの民族問題を激化させるもととなった。

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バッハ
Bach, Johann Sebastian
[生]1685.3.21. アイゼナハ
[没]1750.7.28. ライプチヒ
ドイツのオルガン奏者,作曲家。ドイツ・バロック最大の作曲家。 1700年リューネブルクの聖ミハエル教会の合唱団員。 03年ワイマール宮廷のバイオリニストとなり,アルンシュタットの新教会,ミュールハウゼンの聖ブラジウス教会を経て,08年ワイマールの宮廷オルガン奏者となった。 17年ケーテンの宮廷楽長,23年ライプチヒの聖トマス教会の合唱長 (トマスカントル) に就任,36年にはザクセン侯の宮廷作曲家となった。バロック音楽の統合者であり,音楽史上最大の作曲家の一人として知られる。主作品は『ブランデンブルク協奏曲』 (1721) ,『平均律クラビア曲集』 (22,44) ,『マタイ受難曲』 (1729) ,『ロ短調ミサ曲』など。

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バッハ
Bach, Wilhelm Friedemann
[生]1710.11.22. ワイマール
[没]1784.7.1. ベルリン
ドイツの作曲家。ヨハン・ゼバスチアン・バッハとマリア・バルバラの長男で,彼のために父バッハが『クラビア小曲集』を作曲したことは有名。作曲家,オルガン奏者としてバッハの息子たちのなかで最も豊かな才能を示したといわれるが,生活の乱れがもとで大成しなかった。

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バッハ
Bach, Carl Philipp Emanuel
[生]1714.3.8. ワイマール
[没]1788.12.14. ハンブルク
ドイツの作曲家,クラビア奏者。ヨハン・ゼバスチアン・バッハの次男。フリードリヒ2世の宮廷奏者,ハンブルク市の音楽監督を歴任した。

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バッハ
Bach, Johann Christian
[生]1735.9.5. ライプチヒ
[没]1782.1.1. ロンドン
ドイツのオペラ作曲家。ヨハン・ゼバスチアン・バッハと2度目の妻アンナ・マグダレーナとの間に生れた末子。 15歳で父を亡くし,のちにイタリアへ渡ってカトリック改宗,教会音楽を学ぶ。オペラに転じてロンドンで名声を得たため「ロンドンのバッハ」と呼ばれ,モーツァルトの師としても有名。

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デジタル大辞泉

バッハ(Johann Sebastian Bach)
[1685~1750]ドイツの作曲家・オルガン奏者。200年続いた音楽家の家系の中でもひときわすぐれ、大バッハと称される。ヘンデルと並ぶバロック時代最大の音楽家の一人で、バロック音楽のすべての様式を総合し、多声音楽の極致を完成。なかでもフーガの作曲にすぐれた。多数のオルガン曲やカンタータのほか「マタイ受難曲」「ブランデンブルク協奏曲」「平均律クラビア曲集」「フーガの技法」などがある。→シュミーダー番号

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ピティナ・ピアノ曲事典(作曲者)

バッハ
ヨハン・セバスティアン・バッハはドイツのアイゼナハに、音楽家の父のもと、8人兄弟の末子として生まれた。10歳の時に父親が死去し、その後は14歳年長で、やはり音楽家(オルガニスト)の兄、ヨハン・クリス ...続き

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世界大百科事典 第2版

バッハ【Carl Philipp Emanuel Bach】
1714‐88
ドイツの作曲家,クラビーア奏者。J.S.バッハの次男で,〈ベルリンのバッハ〉〈ハンブルクのバッハ〉と呼ばれる。J.S.バッハの息子たちのうち作曲家として最も大成し,前古典派を代表する一人となってハイドンやベートーベンにも大きな影響を与えた。ワイマールで生まれ,ライプチヒでトーマス学校を卒業後,同地とフランクフルト・アン・デル・オーデルの大学で法律を学んだ。その間にも作曲と演奏を続け,1740年にはベルリンでプロイセン国王フリードリヒ2世(大王)の宮廷クラビーア奏者に任命された。

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バッハ【Johann Christian Bach】
1735‐82
ドイツの作曲家。〈ミラノのバッハ〉〈ロンドンのバッハ〉と呼ばれる。J.S.バッハと2度目の妻アンナ・マクダレーナの末子としてライプチヒで生まれた。15歳で父を失い,ベルリンで兄エマヌエル(C.P.E.バッハ)から教育を受けた。1754年からイタリアに住み,ボローニャでG.B.マルティーニ神父に師事したのち,カトリックに改宗してミラノで教会音楽の作曲家や大聖堂オルガン奏者として活躍。やがてオペラの作曲家としても名声を確立し,62年からロンドンに定住して次々にオペラを上演,王室や貴族の音楽教師としても絶大な人気を博した。

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バッハ【Johann Sebastian Bach】
1685‐1750
ドイツの大作曲家。多数の音楽家を輩出したバッハ一族最大の存在で,とくに〈大バッハ〉と称される。バロック時代の末期に活躍し,ドイツ音楽の伝統に深く根ざしながらイタリアとフランスの様式をも吸収して〈諸国民様式の融合〉(M.F.ブコフツァー)を実現した。しかしバッハはバロック音楽の集大成,〈一時代の終極〉(A.シュワイツァー)たるにとどまらず,調性,和声,形式など多くの側面で,来るべき古典・ロマン派の様式を予告する〈開拓者〉(H.ベッセラー)でもあった。

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バッハ【Wilhelm Friedemann Bach】
1710‐84
ドイツの作曲家,オルガン奏者。J.S.バッハの長男としてワイマールで生まれた。父バッハはこの長男の教育用に《ウィルヘルム・フリーデマン・バッハのためのクラビーア小曲集》を書いた。その中には《インベンション》や《平均律クラビーア曲集》第1巻の一部が含まれている。1733年ドレスデンのソフィア教会,46年にはハレのマリア教会オルガン奏者となり,卓越した演奏によって高く評価された。しかし不安定な性格ゆえに64年にハレの職を辞した。

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大辞林 第三版

バッハ【Johann Sebastian Bach】
1685~1750 ドイツの作曲家。五十余人の音楽家を輩出したバッハ一族のなかで、大バッハと呼ばれる。バロック音楽を総合し、のちの古典派を暗示する一面ももつ、音楽史上最大の作曲家の一人。オルガンとクラビーア演奏にかけても当代一流の大家であり、教会や宮廷礼拝堂のオルガン奏者、楽長を務めた。代表作は声楽曲に、多数のカンタータ、「マタイ」「ヨハネ」の両受難曲、「クリスマスオラトリオ」「ミサ曲ロ短調」など。器楽曲には多数のオルガン曲のほかに「管弦楽組曲」「ブランデンブルク協奏曲」「平均律クラビーア曲集」などがある。また晩年には「音楽のささげもの」「フーガの技法」(未完)がある。

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367日誕生日大事典

バッハ
生年月日:1813年1月4日
オーストリアの政治家
1893年没

出典:日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」
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精選版 日本国語大辞典

バッハ
(Johann Sebastian Bach ヨハン=セバスチャン━) ドイツの作曲家。代々音楽家を輩出した家系に生まれ、教会、宮廷のオルガン奏者として活躍した。きわめて多数の宗教曲、器楽曲ソナタ、協奏曲、管弦楽組曲を書いて、多声的対位法音楽を完成、バロック音楽の頂点に立ち、近世音楽の祖とされる。また、息子のウィルヘルム=フリーデマン、カール=フィリップ=エマヌエル、ヨハン=クリスチャンは古典派への潮流のなかで、音楽史に業績を残した。大バッハ。(一六八五‐一七五〇

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