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バーグ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

バーグ
Berg, Gertrude
[生]1899.10.3. ニューヨーク
[没]1966.9.14.
アメリカの女優。旧姓 Edelstein。 1948年ベラスコ劇場における自作『私とモリー』 Me and Mollyでデビューし,57~58年には T.ワイルダーの『結婚仲介人』,H.ティチマンの『純金キャデラック』の地方公演に主演。テレビ,映画にも出演した。

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バーグ
Berg, Paul
[生]1926.6.30. ニューヨーク
アメリカの生化学者。ペンシルバニア州立大学卒業 (1948) 。 1952年ウェスタン・リザーブ大学で学位取得。デンマークのコペンハーゲン大学,ワシントン大学の特別研究員を経て,スタンフォード大学に移り,ウィルソン記念生化学教授 (59) 。 1960年代に,大腸菌を使った核酸合成などの研究を進め,72年に,試験管内で酵素を使って,大腸菌λファージ遺伝子と SVウイルスの遺伝子をつなぐ手法を開発,遺伝子組換えの先鞭をつけた。この方法はインスリンの量産化などに利用され,遺伝子工学を誕生させる起因となった。バーグは遺伝子組換え実験の危険性を憂慮し,75年に国際的な実験のための安全措置の基準づくりを呼びかけた。 80年 W.ギルバート,F.サンガーとともにノーベル化学賞を受賞した。

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バーグ
Burgh, Hubert de
[生]?
[没]1243. サリー,バンステド
イギリスの廷臣。 1216年9歳で即位したヘンリー3世を助けて,地方貴族の反乱平定。 19年に摂政 W.マーシャル (ペンブルック〈伯〉 ) が死ぬと,そのを継いで摂政となった。 28年終身の大法官に任じられたが,すでに成年に達した国王にうとんじられ,29年フランス遠征の失敗を王から不当に追及された。 31年十字軍から帰った寵臣 P.デ・ロシュらの工作で,翌 32年反逆罪のかどで投獄されたが,34年許され,王と和解した。

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世界大百科事典 第2版

バーグ【Bāgh】
インド中部,マディヤ・プラデーシュ州インドールの西約150kmにある仏教石寺院。もろい岩質のために保存状態はよくない。全部で9窟あり,すべてが5~6世紀のビハーラ(僧院)窟であり,チャイティヤ(祠堂)窟がない代りに第2,4両窟は奥壁中央の祠堂にストゥーパを安置するという珍しい形式をとる。アジャンターの後期窟に近い壁画があったが,剝落や褪色がはげしい。彫刻は第2窟祠堂前室の仏像,菩薩像のほか入口や柱の装飾彫刻に見るべきものがある。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

バーグ
ばーぐ
Paul Berg
(1926― )
アメリカの分子生物学者。ニューヨークに生まれる。ペンシルベニア州立大学で生化学を学び1948年卒業、1952年にウェスタン・リザーブ大学で博士号を取得した。デンマークのコペンハーゲンにある細胞生理学研究所で研究生活を送ったのち、1955年にワシントン大学医学部の微生物学助教授となった。1959年スタンフォード大学医学部に移り、生化学準教授を経て教授となった。1969年から1974年まで生化学部門の主任教授を務めた。
 1960年代中ごろより、哺乳(ほにゅう)類の遺伝子の発現と制御に関する研究を開始した。1972年に遺伝子の運び手(ベクター)として腫瘍(しゅよう)ウイルスSV40を使用して、大腸菌のλ(ラムダ)ファージとの組換えDNAを試験管内でつくることに成功した。これにより、ある生物からDNAの一部をとりだし、別の生物のDNAに挿入する遺伝子組換え技術が開発されたため、遺伝子工学のパイオニアとして高く評価された。この業績によって、核酸の塩基配列を決定したW・ギルバート、F・サンガーとともに1980年のノーベル化学賞を受賞した。バーグは、この技術によって予期せぬ危険な微生物が生まれる可能性があることを指摘、1975年にアメリカのアシロマで開かれた「遺伝子工学実験の安全性と対策を討議する国際会議」において実験基準づくりに努力した。[編集部]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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化学辞典 第2版

バーグ
バーグ
Berg, Paul

アメリカの生化学者.ペンシルベニア州立大学で生化学を学び,ウェスタンリザーブ大学で学位を取得.デンマークの細胞生理学研究所やワシントン大学のA. Kornberg(コーンバーグ)のもとで研究し,1955年ワシントン大学医学部助教授.1959年以降はスタンフォード大学医学部に所属する.1972年制限酵素を用いてSV40にファージλの遺伝子を組み込み,はじめて組換えDNAの実験に成功した.1974年には全米科学アカデミーが設置した,組換えDNAの安全性に関する委員会の長を務め,実験の凍結と国際会議の開催などをよびかける書簡を発表した.これは,アシロマ会議(1975年)と翌年の国立衛生研究所(NIH)による規制につながる.1985年ベックマン分子遺伝医学研究所所長.1991~1993年までNIHヒトゲノム計画科学諮問委員長.核酸の生化学,とくに組換えDNAの生化学的研究に関する業績によって,1980年ノーベル化学賞を受賞した.

出典:森北出版「化学辞典(第2版)」
東京工業大学名誉教授理博 吉村 壽次(編集代表)
信州大学元教授理博 梅本 喜三郎(編集)
東京大学名誉教授理博 大内 昭(編集)
東京大学名誉教授工博 奥居 徳昌(編集)
東京工業大学名誉教授理博 海津 洋行(編集)
東京工業大学元教授学術博 梶 雅範(編集)
東京大学名誉教授理博 小林 啓二(編集)
東京工業大学名誉教授 工博佐藤 伸(編集)
東京大学名誉教授理博 西川 勝(編集)
東京大学名誉教授理博 野村 祐次郎(編集)
東京工業大学名誉教授理博 橋本 弘信(編集)
東京工業大学教授理博 広瀬 茂久(編集)
東京工業大学名誉教授工博 丸山 俊夫(編集)
東京工業大学名誉教授工博 八嶋 建明(編集)
東京工業大学名誉教授理博 脇原 將孝(編集)

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