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パルテノン

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

パルテノン
Parthenon
ギリシア,アテネアクロポリスの丘に建つドーリス式神殿。前 479年にペルシア人が破壊した旧神殿の跡に,前 447~438年にフェイディアスを総監督に,当時の技術の粋を集めて造られた。ギリシア女神アテナに捧げられたもので古典期芸術の頂点を示す作品。ペンテリコン産の大理石を使い,面積 30.88m× 69.5mの床に高さ 10.4m,底面の直径 1.9mのドーリス式円柱が,東西各8本,南北各 17本並んでいる。内部は東西それぞれ6柱式の玄関廊があり,東側からプロナオス (ヘカトンペドンとパルテノン〈処女神アテナの間。のちに神殿全体の名称となる〉とに分れる) ,オピストドモス (後室) が配置され,ヘカトンペドンにはフェイディアス作の黄金象牙像アテナが安置されていた。東側のメトープには神々と巨人の争い,南側はラピタイとケンタウロスの戦い,西側はアマゾンの戦い,北側にはトロイ戦争が浮彫で表わされ,東破風には女神アテナの誕生,西破風にはアテナとポセイドンのアッチカの土地争いの群像彫刻がある。またナオスの外壁上部にはパナテナイア祭を描いた約 160mに及ぶフリーズが1周していた。ビザンチン時代にはギリシア正教教会に,トルコの占領時代にはモスクに改造され,さらに火薬庫に用いられて 1687年ベネチア軍によって爆破され,屋根,内陣の壁,円柱が破壊された。彫刻群の大部分は現在大英博物館のエルギン・ルームにある。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

パルテノン(Parthenōn)
ギリシャ、アテネのアクロポリスに建つ守護神アテナ‐パルテノスの神殿。前5世紀後半に造られ、古典期ギリシャ建築の極致を実現している。→ドリス式

出典:小学館
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世界大百科事典 第2版

パルテノン【Parthenōn】
アテネのアクロポリスに建つ,古代アテナイの守護神アテナ・パルテノスの神殿。パルテノンはアクロポリスの美化運動を推進した為政者ペリクレス,彫刻家フェイディアス,デロス同盟による豊かな財源,そしてペルシア人を打ち破った民衆の高揚した精神風土といった,好条件が重なり合って出現したもので,古代ギリシア文化の象徴的存在ともいえる。床面のわずかに盛り上がった湾曲,すべての柱の内部への傾斜など,視覚的な建築美も徹底的に追求されている。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

パルテノン【Parthenōn】
ギリシャのアテネのアクロポリスに建つ、古代アテネの主神アテナ=パルテノスの神殿。紀元前五世紀に造られ、ドリス式建築の代表例。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

パルテノン
ぱるてのん
Parthenon
古代ギリシアの建築。アテネ(古代名アテナイ)のアクロポリスに建つ古典初期のもっとも優れた建築。対ペルシア戦争の勝利を感謝してアテネ市の守護女神アテネに捧(ささ)げた神殿。彫刻家フェイディアスの総監督のもとに設計はイクティノス、施工はカリクラテスが担当、紀元前447年に起工し、前438年ころ完成した。そのプランは、東西八柱、南北17柱、床面30.8メートル×69.5メートル、ドーリス式の周柱堂で、内部は東側にプロナオス(前室)と本尊を安置するナオス(内陣)、西側にオピストドモス(後室)とパルテノン(処女宮)の四室からなる。これらの内部の柱や梁(はり)は、外周の荘重なドーリス様式とは対照的に優美なイオニア様式を採用している。
 神殿を飾る彫刻では、フェイディアス作の黄金と象牙(ぞうげ)の巨像アテナ・パルテノス(処女のアテネ)像が本尊として内陣に安置されていたほか、東西両破風(はふ)の東側に「女神アテネの誕生」、西側に「アテネとポセイドンのアッティカの支配権争い」の大群像彫刻を配し、屋根の下の四方を飾る92面のメトープには神話上の四つの物語、さらに内陣上部のフリーズには汎(はん)アテナイア祭の大行列が全長約160メートルにわたって浮彫りにされている。これらはいずれも古典初期の傑作である。
 この建物はビザンティン時代の426年にハギア・ソフィア聖堂として内部が改修され、このとき本尊がコンスタンティノポリスに運ばれたとされる。トルコ占領時代(1458~1833)にはモスクに変えられ、1687年9月のベネチア軍の砲撃で、トルコ軍がここに収蔵していた火薬が爆発、フリーズの4分の3、28基の円柱などが崩壊した。今日、群像彫刻やメトープ、フリーズの浮彫りの大部分は、いわゆる「エルギン・マーブルズ」としてロンドンの大英博物館に、一部がアクロポリス美術館とパリのルーブル美術館にある。[前田正明]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

パルテノン
(Parthenon) ギリシア、アテネのアクロポリスに建つ神殿。紀元前四四七年頃から前四三八年頃にかけて、彫刻家フェイディアスの指揮のもとに、イクティノスが設計を、カリクラテスが施工を担当して建設された。建物はドリス式で、古代ギリシア文化の象徴的建造物。

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社世界史事典 三訂版

パルテノン
Parthenon
ギリシア中部,アテネのアクロポリス上に建つアテナ女神の神殿
ペリクレスの時代,デロス同盟の資金を財源とし,建築家イクティノスの設計と,フェイディアスの工事監督によって建てられたといわれる。大理石の代表的なドーリア式建築は,ギリシア文化の象徴とされる。アテナ女神像はフェイディアスの作。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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