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パーキン

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

パーキン
Perkin, Sir William Henry
[生]1838.3.12. ロンドン
[没]1907.7.14. ミドルセックス,サドベリー
イギリスの有機化学者。王立化学大学に入学し (1853) ,A.ホフマンに師事。ホフマンの助手として,キニーネの合成研究中に,染料アニリン・パープル,チリアン・パープル (モーベイン) を発見し,1856年特許を取って,最初の合成染料工業を起した (57) 。 58年,アミノ酸グリシンの初の合成に成功。ほかに酒石酸の合成 (60) ,最初の人工香料クマリンの合成 (68) ,アリザリンの合成 (69) にも成功。またパーキン反応の発見 (67) ,旋光の研究などの基礎研究も知られている。 1906年,モーベイン発見の 50周年にあたり,ナイトの称号を贈られた。ロンドン化学学会会長 (83) 。

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デジタル大辞泉

パーキン(William Henry Perkin)
[1838~1907]英国の有機化学者。アニリンから赤紫色の染料モーブ合成に成功。合成染料の工業化を推進し、天然香料の合成にも先鞭をつけた。

出典:小学館
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世界大百科事典 第2版

パーキン【William Henry Perkin】
1838‐1907
イギリスの化学者。ロンドンに生まれる。幼少より化学実験に興味をもち,15歳で王立化学大学のA.W.ホフマンに師事した。マラリアの特効薬キニーネの合成を師より示唆され,1856年アリルトルイジンを重クロム酸塩で酸化したとき,偶然を薄紫色に染める色素(モーブmauve)を発見した。この思いがけない発見が,合成染料の研究開発と化学工業の幕あけとなった。57年ロンドン近くのグリーンフォード・グリーンに工場を設け,石炭からとれるアニリンを使用して,モーブの工業的生産に成功した。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

パーキン
ぱーきん
Sir William Henry Perkin
(1838―1907)

イギリスの化学者、技術者。合成染料モーブの工業的製造、パーキン反応の発見で有名。近代有機化学工業の創生期の担い手の一人。ロンドンの生まれ。王立化学学校でホフマンに学び、のちにその助手をつとめた。自宅にも小実験室をもち、種々の化学実験を行った。18歳のときに、アニリンからキニーネの合成を試みている最中、偶然に美しい赤紫色の化合物を発見した(1856)。それは新発見ではなかったが、あまりにもきれいな物質であったので、染料としての利用を考えて特許をとった。それがいわゆるモーブである。さらに彼はモーブの工業的製造を思い立ち、学校を退職してグリーンフォードに工場を建設した。製造工程は粗製ベンゼンの精製・ニトロ化・還元・酸化・精製からなり、初めての工業化が出会うさまざまな困難がそこにあった。その仕事にパーキンは、彼の技術者としての力量を大いに発揮した。これがイギリスにおける合成染料工業の始めであった。ついで1869年にはアントラセンから染料アリザリンを合成し、特許を申請した。しかしドイツ人グレーベらに1日の後れをとり、ヨーロッパ大陸における特許権の掌握に失敗した。この事実は、ドイツの合成染料工業がようやくイギリスに肉迫したことを物語るものであった。

 このあと1874年に彼は染料の製造をやめ、化学者に戻った。化学者の仕事としては、1875年に芳香族アルデヒドと脂肪酸ナトリウムに無水酢酸を作用させて芳香族不飽和酸を合成する方法(パーキン反応)を発見した。またこの方法によってサクラの葉の芳香成分であるクマリンを合成した。これは天然香料合成の先例である。さらに化合物の構造と磁場における旋光性との関係などの有機化学の重要な分野を開拓して、化学者として大成した。1906年にはモーブ発見50年祭が催され、ドイツ、フランスの化学会から賞牌(しょうはい)、イギリスからサーの称号が贈られた。2人の息子ウィリアムWilliam Henry Perkin Jr.(1860―1929)とアーサーArthur George Perkin(1861―1937)も有機化学者である。

[川又淳司]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

パーキン
(Sir William Henry Perkin サー=ウィリアム=ヘンリー━) イギリスの化学者。アリザリン染料の合成、植物の芳香成分クマリンの発見など、合成香料工業に先鞭をつける。基礎化学の面でも重要な業績をあげた。(一八三八‐一九〇七

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化学辞典 第2版

パーキン
パーキン
Perkin, William Henry

イギリスの化学企業家,有機学者.15歳で王立化学カレッジに入学し,R. Hoffmann(ホフマン)につき,2年目の終わりには助手となった.1856年の復活祭休暇時に,かれは,自宅に設けた実験室でキニーネを合成しようとしてアニリン塩を二クロム酸カリウムで酸化して暗色の沈殿物を得,それが薄い青みがかった紫の染料となることを発見した.かれは学校をやめて,家族の協力を得て製法を特許化し工業化した.他社もほかの製法の特許をとって染料製造を開始したが,かれの製法に匹敵するほど安く生産はできなかった.イギリスのVictoria女王やNapoléon 3世の后Eugenieがかれの染料の衣装をまとい,この色を流行させ,商業は大成功した.そのため今日では,フランスでの呼び名モーブ(mauve)という名称でよく知られている(ティリアンパープル(Tyrian purple)ともよぶ).1869年には赤い染料アリザリンの安価な製法を工業化している.企業家時代に,パーキン反応として知られている不飽和酸の合成法も開発し,1874年以降自宅の私設実験室で純粋な化学研究に専念していたが,死の前年に催されたモーブ発見50年の諸行事で,ふたたび世間の注目を浴びた.かれの息子W.H. Perkin, Jr.も有名な有機化学者である.

出典:森北出版「化学辞典(第2版)」
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