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ピスカートル

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ピスカートル
Piscator, Erwin
[生]1893.12.17. ウルム
[没]1966.3.30. シュターンベルク
ドイツの演出家。 M.ラインハルトに学び,構成舞台や群衆場面を駆使して演劇の政治性,社会性を強調した。 1920年代にはフォルクスビューネを主宰したが,1933年アメリカに亡命,演出や演技術を教えた。 47年ドイツに帰り,W.ノイマンと共同脚色したトルストイの『戦争と平和』 (1955) をはじめ,R.ホーホフートの『神の代理人』 (63) ,P.ワイスの『追究』 (65) その他を演出した。 62年には西ベルリンにフライエ・フォルクスビューネ (自由民衆舞台) を再建主著『政治演劇』 Das Politische Theater (29) 。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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世界大百科事典 第2版

ピスカートル【Erwin Piscator】
1893‐1966
ドイツの演出家,劇場監督。ウルムに生まれ,俳優としてミュンヘン宮廷劇場の舞台を踏んだのち,第1次大戦に参戦,戦後は平和主義者,社会主義者として政治(左翼)演劇を提唱し,1920年代にベルリンでアジプロ的プロレタリア演劇運動を開始した。幻灯,映画,回り舞台などの舞台メカニズムや,朗読,講演,シュプレヒコールなどを多用して,上演戯曲の芸術性(文学性)よりも時局性や報道性を重視する一種の〈政治レビュー劇〉を多数演出した。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

ピスカートル
ぴすかーとる
Erwin Piscator
(1893―1966)
ドイツの演出家。本名Fischer。12月17日ウルムに生まれる。俳優修行をするうち第一次世界大戦に召集され、復員後ベルリンに出て、アジプロ劇風のプロレタリア劇場を創始した。1924年から民衆劇場で活動を開始、大胆な古典改作や、映画や資料を多用した政治劇を上演、一方「赤いレビュー」の運動も並行して行ったが、27年に民衆劇場を追われ、ノレンドルフ広場のピスカートル舞台で活動を続けた。政治的、叙事的、技術的という三要素を総合した彼の政治演劇は、多くの協力者の共同作業で、劇場機構を駆使した斬新(ざんしん)な政治的作品『どっこい生きている』『ラスプーチン』『兵士シュベイクの冒険』を生み出した。ブレヒトもガスバラ、ラーニアなどとともに彼の活動に協力し、その影響を受けた。しかし経済的に破産し、戦線を縮小して活動を続けたが、31年に映画撮影のため当時のソ連に行き、そのまま亡命。36年にはアメリカに移り、おもに演劇教育に従事した。第二次世界大戦後、旧西ドイツに帰り、62年に自由民衆劇場の監督にカムバック、ホーホフート、キップハルト、ワイスなどの作品を演出し、60年代の政治的な記録演劇の機運を招いたが、活動なかばで66年6月9日急死した。演劇は彼にとって、つねに政治的な信条の表明の場であった。[岩淵達治]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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