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フェスカ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus

フェスカ Fesca, Max
1845-1917 ドイツの農学者。
1845年2月8日生まれ。明治15年(1882)農商務省の招きで来日,駒場(こまば)農学校(東大農学部の前身)教師地質調査所土性掛長をかね,わが国最初の全国的土性調査を指導。日本農業に関しておおくの提言をした。25年帰国。のちベルリン農科大教授。1917年10月31日死去。72歳。ゲッティンゲン出身。著作に「日本農業及北海道殖民論」「日本地産論」。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

フェスカ【Max Fesca】
1846‐1917
ドイツの農芸化学者。農業問題の社会経済面にも深い関心をもち,30歳の若さで《イギリス農業論》(1876)を著した。1882‐94年,招聘(しようへい)されて滞日。農務省地質調査所で土性調査事業を担当し,駒場農学校(1890年以降,農科大学となる)教師を兼ねる。1886年北海道を実地調査し《日本農業及北海道殖民論》(1888)を発表。その後,日本各地を歩き《農業改良》(1888),《地産要覧図》(1889)をとりまとめる。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

日本大百科全書(ニッポニカ)

フェスカ
ふぇすか
Max Fesca
(1845―1917)

ドイツの農学者。プロイセンに生まれる。1873年ドクトルの学位を授与され、1875年ゲッティンゲン大学の私講師となる。農商務省の招きにより1882年(明治15)来日、1894年まで地質調査所で土性調査事業を指導し、1892年までは駒場(こまば)農学校およびその後身の東京農林学校、帝国大学農科大学の農学教師を兼任した。主著に『日本農業及北海道殖民論』(1888)、『日本地産論』(1891~1894)がある。帰国後はベルリン農科大学、ウィッツェンハウゼンおよびハンブルク植民学校において熱帯農業の研究に従事、『Der Pflanzenbau in den Tropen und Subtropen』(1904~1911)の著書を残した。ウィースバーデンにおいて死去。

[友田清彦 2018年8月21日]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
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367日誕生日大事典

フェスカ
生年月日:1846年3月31日
ドイツの農学者
1917年没

出典:日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」
(C) Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
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