@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

フリードリヒ2世【フリードリヒにせい】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

フリードリヒ2世
フリードリヒにせい
Friedrich II
[生]1194.12.26. イェジ
[没]1250.12.13. アプリア
ホーエンシュタウフェン朝のドイツ王 (在位 1212~50) ,神聖ローマ皇帝 (在位 20~50) 。ハインリヒ6世とシチリア王女コンスタンスとの子。フェデリーコ1世として 1198年シチリア王となり,1212年末マインツでドイツ王に戴冠。即位直前,ドイツ皇帝位をめぐって対立皇帝が出現し,政局は紊乱したが,彼はこれらの勢力を破って帝位を獲得した。十字軍にも出征し (28~29) ,エルサレムにも入城している。しかしイタリア生れの彼は,主としてイタリア,特にシチリアに関心を向け,ここに当時のヨーロッパでも類を見ない近代的な官僚制国家をつくり上げたが,その反面ドイツの統治をおろそかにし,在世中ドイツに滞在したのは 10年にも満たなかった。 1220年に教会諸侯に対し,教会領に国王が干渉しないことを約束する特権状 (教会諸侯との協約) を与え,次いで 31年世俗諸侯に領内の最高裁判権と貨幣鋳造権を認めた特権状 (→諸侯の利益のための協定 ) を発した。これはドイツ諸侯の事実上の独立を合法化したことにほかならず,領邦国家の発達はこれによって大いに促進された。彼のイタリア政策はローマ教皇との対立を生み,27,39,45年と3度教皇から破門され,45年には廃位され,ドイツ帝権は著しく弱体化した。没後大空位時代を招来した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

367日誕生日大事典

フリードリヒ2世
生年月日:1712年1月24日
プロシア王(在位1740〜86)
1786年没

出典:日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」
(C) Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
それぞれの項目は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

フリードリヒ2世
生年月日:1633年6月9日
ヘッセン・ホンブルク地方伯(在位1681〜1708)
1708年没

出典:日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」
(C) Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
それぞれの項目は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

フリードリヒ2世
生年月日:1194年12月26日
ドイツ王(在位1212〜50),神聖ローマ皇帝(在位20〜50)
1250年没

出典:日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」
(C) Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
それぞれの項目は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

フリードリヒ2世」の用語解説はコトバンクが提供しています。

フリードリヒ2世の関連情報

関連キーワード

シャルトル大聖堂山槐記シャルトル大聖堂陳亮石山寺クララ山槐記陳亮カーギル[会社]笠置寺

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation