@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

ブランデンブルク門【ブランデンブルクもん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ブランデンブルク門
ブランデンブルクもん
Brandenburger Tor
ドイツ,ベルリンにある記念。 K.ラングハンスによって,1789~94年に科学的,考古学的に正確な古代ギリシア建築の再興の試みとして建てられた。頂部にはクアドリガが施され,様式はドーリス式で,18世紀後半から 19世紀にかけてのドイツにおけるギリシア・リバイバルの先駆的作品。東西ベルリン分断の時代には東ベルリンに属し,封鎖され分断の象徴となっていたが,1989年 12月 22日に再び開放された。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

ブランデンブルク‐もん【ブランデンブルク門】
Brandenburger Tor》ドイツの首都ベルリンにある門。1788年から1791年にかけて、プロイセン王国の凱旋門として、建築家カール=ゴットハルト=ラングハンスにより建造された。旧東西ベルリンの境界に位置し、現在は東西ドイツ統合の象徴とされる。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

ブランデンブルクもん【ブランデンブルク門 Brandenburger Tor】
ベルリンにある石造の都市門。西方のブランデンブルク市へと向かうウンター・デン・リンデン通り終端に位置する。1788‐91年建設。プロイセンの新古典主義建築の傑作。建築家はラングハンスCarl Gotthard Langhans,門上の四頭立馬車は彫刻家シャドーGottfried von Schadowの作。アテネのアクロポリスプロピュライアを模したドリス式による簡潔な造形はベルリン都市美化の象徴となったが,現在は東西ベルリンの境界線に位置する(東西ベルリンは1990年10月のドイツ統一とともに統一された)。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

大辞林 第三版

ブランデンブルクもん【ブランデンブルク門】
1789年ベルリンに建造された門。古典様式の凱旋門でドリス式の柱をもつ。旧東西ドイツの境界付近(東ベルリン側)にあるためドイツ分裂の象徴的存在であった。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界の観光地名がわかる事典

ブランデンブルクもん【ブランデンブルク門】
ドイツの首都ベルリン(Berlin)のシンボルとされている門。高さは26m、幅は65.5m、奥行きは11mで、砂岩でできている。◇パリ広場の東に面していて、ブランデンブルク門を通って東に進むと、ウンターデンリンデンを経て、ベルリン王宮(ベルリン宮殿)に至る。かつてのベルリンは都城都市で、城壁がめぐらされ、18ヵ所の城門があった。ブランデンブルク門はその一つで、1868年に城壁と城門は取り壊されたが、唯一例外として残った。この門の名称は、かつてプロイセンの首都が置かれていたブランデンブルクに通じる道に門があったことによる。この城門は、プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム2世の命により、建築家カール・ゴットハルト・ラングハンスが古代ギリシア風の城門として設計し、1788年から3年間かけて建設した。アテネのアクロポリスの入り口にあったプロピュライアの門をモデルにしていて、門の上には「クアドリガ」と呼ばれる四頭立ての馬車に乗った勝利の女神、ビクトリアの彫刻がある。東西ドイツに分かれ、ベルリンも東と西に分割されていた時代には、ブランデンブルク門は東ベルリンの西の境界にあり、それ以上先に進めない行き止まりとなっていたが、東西ドイツの統一で、門としての役割が果たせるようになった。このため、ブランデンブルク門は東西ドイツ統一の象徴といわれている。

出典:講談社
(C)Kodansha.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

ブランデンブルク門
ぶらんでんぶるくもん
Brandenburger Tor
旧東・西ベルリンの境界にある門で、1945~90年には東西ドイツ分裂の象徴であった。パリの凱旋(がいせん)門にも比せられる。ベルリン第1区ミッテ(中央)区西端にある。1788~91年にK・G・ラングハンスによって古典的様式で建築され、門上には当時の名彫刻家シャドーの手になる「4頭立ての古代ローマ戦車を駆る女神」の像を頂いている。第二次世界大戦の戦災を受けたため、1958年にこの女神の像は銅で新たに鋳造された。[佐々木博]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ブランデンブルク門」の用語解説はコトバンクが提供しています。

ブランデンブルク門の関連情報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation