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ヘラート

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ヘラート
Herāt
アフガニスタン北西端部,ヘラート州の州セフィードクー山脈の南麓,標高 922mにあり,ハリルード川にのぞむ。肥沃な灌漑農業地帯で,有数の人口稠密地に位置し,幹線道路がカンダハール,マザーレシャリーフ両大都市と結ばれ,周辺諸都市ともハイウェー網で連絡するアフガニスタン北西部の経済的中心地である。市街の道路は広く,バザールは大きい。綿糸,織物,製粉などの軽工業があり,カラクル羊の毛皮の取引が盛んである。黒海方面からインド,ビルマにいたる唯一のヒンドゥークシ越え交通路の入口として,古くから重視され,ゾロアスターの経典『アベスタ』に名がみえる。アレクサンドロス大王がインド遠征中に「アーリアのアレクサンドリア」を建設。前2世紀にパルティア (安息) 国,3世紀にはササン朝,10世紀にガズニー朝などに次々と支配されたが,1221年チンギス・ハン軍に完全に破壊され,住民は虐殺された。 15世紀にチムール朝首都がおかれ,イスラム文化の重要な中心地となった。 1510年からサファビー朝の支配を受けたが,1716年住民は武器を取って町を解放し,パリ条約 (1857) でアフガニスタンへの帰属が確定。 15世紀の大モスク,色タイルで飾られたミナレットなどがあり,一帯には歴代の都市跡が残る。付近に空港と軍事基地がある。住民は主としてタジク人,トルクメン人,ウズベク人。人口 17万 7300 (1988推計) 。

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デジタル大辞泉

ヘラート(Herāt)
アフガニスタン北西部の商業都市。交通の要地にあり、アレクサンドロス大王が建設。15世紀にはチムール帝国の首都となった。

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世界大百科事典 第2版

ヘラート【Herāt】
アフガニスタン北西部の都市。人口18万7000(1990)。ハリー・ルード(ヘラート川)流域に位置し,古来,西アジア・ヨーロッパとインドおよび中国を結ぶシルクロード上の要地として栄えた。アレクサンドロス大王がこの地にアレクサンドレイア・アレイアAlexandreia hē en Areiois(〈アーリヤのアレクサンドレイア〉)を建設したと伝えられ,またアケメネス朝時代の古代ペルシア語碑文にも,すでにハライワHaraīvaとしてその名が見える。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

ヘラート
へらーと
Herāt

アフガニスタン西部、ヘラート州の州都。ハリー川北岸の広い平野に位置する。人口約16万1700(2001推計)。同国西部の経済・文化の中心地で、製粉、搾油などの各種の食品加工工場があり、絹、綿、毛織物などの手工業が行われる。住民はタジク人が多数を占め、トルクメン人、ウズベク人もいる。彼らのペルシア語はイランのそれに近く、文化的にもイランと同質である。古来、山岳や砂漠などの障害なくイラン、トルキスタン、インドへ通じる交通の要地として栄え、アレクサンドロス大王はこの地に「アーリアのアレクサンドリア」を建設した。13世紀にチンギス・ハンの侵入を受けたがすぐに復興し、15世紀にはティームール朝のシャー・ルフによって都とされ、イスラム的、ペルシア的文化が栄えた。19世紀後半のロシア、イランとの国境画定後は、辺地の都市となり、発展は停止した。古城やモスクのほか、シャー・ルフと妻ガウハル・シャード、詩人ジャーミーの墓など多くの中世の史跡や、1863年にここを占領してまもなく死亡したバーラクザイ王朝の創始者ドースト・ムハンマド王の墓もある。

[勝藤 猛]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

ヘラート
(Herāt) アフガニスタン北西部の平野にある都市。アレクサンドロス大王が建設。インドとイランを結ぶ交通の要地で、一五世紀にはチムール朝の都となった。

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社世界史事典 三訂版

ヘラート
Herāt
アフガニスタン西部にある都市
古来東西交渉の要地として栄え,15世紀ティムール朝時代には,シャー=ルフによって都とされ,学芸の一大中心としてサマルカンドと並び称された。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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