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ベネディクト

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ベネディクト
Benedict, Julius
[生]1804.11.27. シュツットガルト
[没]1885.6.5. ロンドン
ドイツ生れのイギリスの作曲家。アベーユ,フンメルウェーバーに学び,1823年ウィーンのケルントナトール劇場の楽長を振出しに各地のオペラ劇場で活躍。 35年ロンドンに渡り,ドルアリー・レーン劇場,コベントガーデン劇場の楽長をつとめるかたわら,76~80年リバプール・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者を兼ねた。『ベネチアの花嫁』 (1844) ほかオペラ多数がある。

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ベネディクト
Benedict, Ruth
[生]1887.6.5. ニューヨーク
[没]1948.9.17. ニューヨーク
アメリカの文化人類学者。 1909年バッサー・カレッジ卒業。 14年結婚するまでカリフォルニアで中学の英語教師をしていたが,人類学に転じ,コロンビア大学の F.ボアズのもとで博士号を取得。 30年同大学助教授,48年教授。北アメリカ南西部の諸民族やカナダのブラックフット族の現地調査をし,文化とパーソナリティとの関連を研究。 46年人類学の方法論を用いて日本人の行動様式を研究した『菊と刀』 The Chrysanthemum and Swordを発表。 47年アメリカ人類学会会長。主著『文化の型』 Patterns of Culture (1934) 。 (→心理人類学 , 文化類型 )  

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デジタル大辞泉

ベネディクト(Ruth Fulton Benedict)
[1887~1948]米国の女性文化人類学者。文化とパーソナリティー研究で、個別文化の全体を類型学的に把握した。日本文化の研究書「菊と刀」で知られる。

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ベネディクト(Benedict)
ベネディクトゥスの英語名。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

ベネディクト Benedict, Ruth
1887-1948 アメリカの文化人類学者。
1887年6月5日生まれ。コロンビア大で人類学をまなび,同大教授。ひとつの文化を類型的に把握しようとする方法論をとなえる。第二次大戦中,アメリカ政府の委嘱で日本文化を分析した「菊と刀」は,日本人の義理,恥,などの観念をめぐって戦後の日本で論議をよんだ。1948年9月17日死去。61歳。ニューヨーク出身。著作はほかに「文化の型」など。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

ベネディクト【Ruth Fulton Benedict】
1887‐1948
アメリカの女性文化人類学者。ニューヨーク州に生まれる。F.ボアズの指導のもとで学位をとり,コロンビア大学教授となる。1930~40年代のアメリカ人類学界の主流であった文化とパーソナリティ研究のにない手の一人。アメリカ・インディアンの実地調査と文献研究をもとに,一つの文化全体を理解するための統合的な方法論を唱えた。どのような個別の文化も,人間一般のもつ潜在的目的や動機という大きな円弧の一部分を占めており,個々の民族文化の特性がどの部分を占めるかという選択的動因を類型化したものが《文化の型Patterns of Culture》(1934)である。

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Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

べねでぃくと【ベネディクト】

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日本大百科全書(ニッポニカ)

ベネディクト
べねでぃくと
Ruth Fulton Benedict
(1887―1948)

アメリカの文化人類学者。ニューヨークに生まれる。1909年バッサー・カレッジ卒業後、1914年生化学者スタンレー・ベネディクトStanley Rossiter Benedict(1884―1936)と結婚するまで語学教師として数年を過ごし、結婚後は詩作に熱中した。1919年文化人類学の学習を始め、コロンビア大学のボアズの指導のもとに北米インディアンの民話や宗教の研究を行い、1923年論文「北アメリカにおける守護神の概念」によって学位を取得、そのまま同大に就職し、1936年ボアズ退任の後を受けて人類学科主任教授となった。1930~1940年代のアメリカ人類学界の主流であった文化とパーソナリティー研究において中心的な役割を演じた。彼女の学説は、後の心理人類学にも引き継がれた「文化と個人の関係」という問題視角とは別に、個別文化の全体を類型学的に把握しようという「文化のパーソナリティー」とでも名づけられるような問題視角に特徴がある。彼女によると、「一つの個別文化としての独自性は、諸々の文化要素の潜在的な可能性の円弧の一組の切片の選択によって生まれる」。こうした無数の可能性のなかからの選択は、文化ごとにある程度一貫した方向性をもち、「本質的には相互に無関係で、歴史的にも独立したものである」文化的諸要素を重ね合わせ、分解できない文化の個性のようなものにまとめあげているのである。『文化の型』(1934)は個別文化のこうした選択的動機を類型学的に把握する試みであった。第二次世界大戦における戦時研究の産物である『菊と刀』(1946)は、日本研究の書として有名であるが、『文化の型』においてはまだ直観的なきらいのあった文化の統合的形態の把握を、方法論的により洗練された分析にまで高めている。

[濱本 満 2018年12月13日]

『米山俊直訳『文化の型』(1973・社会思想社/講談社学術文庫)』

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精選版 日本国語大辞典

ベネディクト
[一] (Benedict) 「ベネディクトゥス」の英語名。
[二] (Ruth Fulton Benedict ルース=フルトン━) アメリカの女流文化人類学者。人間の思想・行動を心理学的に考察、文化を一つの統合体として見る文化様式論を展開した。著に日本文化を「恥の文化」と規定した「菊と刀」「文化の型」など。(一八八七‐一九四八

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