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ベリコタルノボ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ベリコタルノボ
Veliko Tǔrnovo
旧称 (1965まで) タルノボ Tǔrnovo。ブルガリア北部,ロベチ州の都市。ヤントラ川に深く浸食された谷間と丘陵の上に位置する。 1186~1396年の第2次ブルガリア帝国の首都。現在は,総合大学がおかれ,美術や工芸の伝統を誇る文化的中心であり,第2次ブルガリア帝国の遺跡を中心とする観光地であるとともに,従来の繊維・家具・食品工業などが盛ん。この地には古くから集落がつくられ,5~6世紀にはビザンチンの城塞が築かれ,11~12世紀にはすでに大都市となりトラノフグラドと呼ばれた。 1186年この町を領するブルガリア侯ペタルとアセン兄弟がビザンチン支配に反抗して蜂起し,たちまち第1次ブルガリア帝国の旧領土に匹敵する地域を支配下に収めて新たな帝国を建て,翌 87年,首都をこの地に定めた。以来 14世紀末までブルガリアの政治と宗教と文化の中心として繁栄したが,1393年オスマン帝国に占領され,96年には帝国も崩壊した。 1877年オスマン帝国からの解放後,一時行政の中心となり,79年ここにブルガリア公国の憲法制定国民議会が召集されたが,その後ソフィアに首都の位置を譲った。 1911年激震に襲われ,古い建築物に損傷を受けた。 70年代初めから古都の遺跡遺物の発掘,保存,研究の努力が続けられている。史跡景観保存都市に指定。人口7万 2600 (1991推計) 。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

ベリコ‐タルノボ(Veliko Tarnovo/Велико Търново)
ブルガリア中北部の都市。旧称タルノボ。1965年に「大」を意味する「ベリコ」を冠した現名称になった。ヤントラ川の曲流部に位置する。12世紀末から14世紀末にかけて、第二次ブルガリア帝国の首都として栄えた。民族復興様式の建物をはじめとする歴史的建造物が数多く残っている。ブルガリア独立期の作家・詩人ペトコ=スラベイコフの生地でもある。

出典:小学館
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