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ベルベル

世界大百科事典 第2版

ベルベル【Berber】
北アフリカからサハラ砂漠にかけての広い地域に先史時代から生活する,ベルベル諸語を話す人々の総称。ベルベルという呼称は,ラテン語のバルバルスbarbarus(ローマ世界の外に住む文明化されていない人間を指す)に由来するともいわれる。彼ら自身は,イマジゲンImazighen(単数Amazigh,〈高貴な出の人間〉の)などと自称する。人種的にはコーカソイド(白色人種群)に属するが,体格・容貌ともに変異の幅が大きく,四つの亜人種型に分けられる。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

ベルベル
べるべる
Berber

北西アフリカに住み、ベルベル語を話す民族。エジプトのシワ・オアシスからカナリア諸島、山岳地、サハラ砂漠一帯に分布。推定数1200万人のうち、モロッコが750万人(同国人口の35~40%)、アルジェリアが350万人(同国人口の20%)を占め、チュニジア、リビアなどは10万人程度にすぎない。ベルベルの名称はギリシア語の「バルバロイ」(ギリシア世界の外に住む非文明人を意味)に由来するが、彼らはアマジグ(複数形イマジゲン、高貴な出の人間、自由人の意)と自称。民族系統は地中海人種の一系統に属するといわれるが不明。言語的にはアフロ・アジア語族に属し、方言群からザナータ系、マスムーダ系、サンハージャ系の三つに大別される。一部の儀礼的文字(ティフナグ)以外に固有の文字をもたない。

 彼らの遺跡は紀元前1万年以上も前の石器時代までさかのぼれる。歴史時代に入ってフェニキア人、ギリシア人の植民、ローマ、バンダル、ビザンティンの支配を受けたが、それらは海岸部の諸都市に限られ、深い影響を残さなかった。これに対し、紀元後7世紀から始まるアラブの侵入・征服は、その初期にベルベル人の指導者クサイラやカーヒナらの抵抗を鎮圧すると、ベルベル人をしだいにイスラム化、アラブ化していった。ムラービト朝(1056~1147)、ムワッヒド朝(1130~1269)、マリーン朝(1196~1465)はイスラム化したベルベル人の王朝である。アラブ化の進行の要因は7世紀から始まる征服活動、11世紀のアラブ遊牧民であるヒラール人とスライム人の侵入、12世紀以後のモロッコ南北へのアラブの移住、レコンキスタの圧迫後、イベリア半島からのアラブ系住民の流入などの外的要因と、これらと並行して地域社会内部で進むアラブとの混血およびアラビア語・アラブ文化の浸透、14世紀後半から顕著になるアラブ血統意識(シャリフィズム)の高揚などの内的要因とが考えられる。こうしたアラブ化の進行により、ベルベル人の居住地域は山岳地、砂漠、島などに偏在するようになったが、反面ではモロッコのリーフ山地を舞台にしたアブド・アルカリームの反乱(1921~26)、アルジェリア独立戦争(1954~62)でのカビール人の戦いなどでは、その居住地の環境が生かされた。しかし、20世紀に起こったベルベル人の反乱は政策への不満を表明したもので、民族意識に基づく自治や独立を目ざしたものではない。最近のアルジェリアのカビール地方での「ベルベルの春」事件(1980)も同様であるが、そこには言語、音楽、詩などのベルベル文化の覚醒(かくせい)と復古への強い要求がみられる。最近まで慣習法、民主的評議会、部族同盟が存在したが、急速に崩壊しつつある。家族、村落の規模はアラブより小さく、父系制が中心で、一部トゥアレグ人のように母系制。生活形態の柱は農業と遊牧であるが、フランスへの出稼ぎを含む都市生活者も相当数いる。女性にはベルベル語しか話さない者が多いが、都市生活者はアラビア語やフランス語との二重または三重言語使用者である。

[私市正年]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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