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ホッブズ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ホッブズ
Hobbes, Thomas
[生]1588.4.5. マームズベリー
[没]1679.12.4. ダービーシャー
イギリスの哲学者,政治思想家。オックスフォード大学卒業後,家庭教師をつとめたが,のちフランス,イタリアなどを旅行し,哲学,政治思想,自然科学思想を養った。彼の立場はイギリスの経験論と大陸の機械論的自然主義,唯物論の総合であり,哲学を神学から区別し,また思弁的形而上学を排した。 1651年『リバイアサン』 Leviathan刊行後は無神論者として異端視された。認識論的には,感覚論を基礎とする唯名論の立場に立ち,一切の思考は概念による計算であるとした。政治哲学的には,自然法から出発し,国家契約の立場を取る。倫理学的には,功利主義の立場に立った。主著『哲学綱要』 Elementa philosophiae (1642~58) 。

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ホッブズ
Hobbs
アメリカ合衆国,ニューメキシコ州南東部の都市。テキサス州境の高原地帯にある。 1907年に J.ホッブズによって創設され,28年石油と天然ガスの発見により急速に発展した。人口は 30年の 598から 70年には2万 5000をこえるまでに急増した。石油採掘事業と周辺の灌漑農業および牧畜地域への物資補給と,農畜産物取引の中心地となった。サウスウェスト大学 (1957創立) ,空軍航空博物館がある。人口2万 9115 (1990) 。

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デジタル大辞泉

ホッブズ(Thomas Hobbes)
[1588~1679]英国の哲学者・政治思想家。自然主義唯物論唯名論の立場に立つ。政治論では、社会の自然状態を「万人の万人に対する戦い」ととらえ、人間は、相互に契約を結んで一つの意志に服従する必要があり、ここに国家と主権が成立するとし、絶対君主制を擁護した。リバイアサン」「哲学原論」など。

出典:小学館
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世界大百科事典 第2版

ホッブズ【Thomas Hobbes】
1588‐1679
イギリスの代表的な政治思想家。主著《リバイアサン》の名や〈万人の万人に対する戦いbellum omnium contra omnes〉の主張で有名。政治認識の哲学的構成を貫いた点で,近代政治学の創始者の一人とも評される。英国国教会牧師の次男として,ウィルトシャー,マームズベリー近郊に生まれた。1608年学位(バチェラー・オブ・アーツ)を得て,オックスフォード大学モードリン・ホールを卒業後,第2代,第3代デボン伯,F.ベーコンらの個人教師や秘書を務める。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

ホッブズ
ほっぶず
Thomas Hobbes
(1588―1679)

イギリスの哲学者、政治思想家。イングランドのウィルトシャー州マームズベリに生まれる。スペインの無敵艦隊の来襲を聞いて母がホッブズを早産したという。「恐怖と私は双子として生まれた」ということばは彼の政治理論の心理的根拠を潤色するために使われた。オックスフォード大学卒業後、キャベンディッシュ伯William Cavendish,1st Earl of Devonshire(1552―1626)の息子の家庭教師となって大陸に旅行し、ケプラーやガリレイの活躍を知る。第2回、第3回の大陸旅行のおり、幾何学に興味をもち、またデカルト、メルセンヌ、ガッサンディを知る。手稿のままで回覧された彼の最初の著作『法学要綱』The Elements of Lawが主権の不可分性と絶対性を主張するものであったため、ピューリタン革命の発端となった長期議会の弾劾が始まると、身の危険を憂慮して1640年にフランスに亡命し、その地で1651年に主著『リバイアサン』を完成。これが共和制の擁護とみられる側面をもっていたため宮廷側の不興をかったが、共和制下のイギリスに帰国して、王政復古の宮廷にもいれられた。しかし帰国後も、ブラムホールらと激しい論争を交わし、また彼の思想が無神論として禁圧されるなど、92歳で没するまで波瀾(はらん)に富んだ生涯を送った。

[小池英光 2015年7月21日]

思想

言語論

ベーコンやデカルトと同じく彼も、知識は教会の権威によってではなく、理性の使用によって獲得されると信じていた。しかし方法としては、ベーコンの帰納法ではなく、幾何学をモデルとする演繹(えんえき)的方法を採用した。それゆえ最重要なことは定義の問題であった。学問とは名辞や命題の処理であり、これらが実在とどうかかわるかを考察した。この点で彼は現代の分析的哲学の先駆者ともいえる。彼は実在するものを個々の物体だけに認めたので、抽象名辞や普遍名辞には実在は対応しないと考え、普遍名辞は単に個々の名前のクラスの名前とした。この唯名(ゆいめい)論の立場の背景には、教会の権威の思想的基盤であるスコラ的実在論に対する批判がある。

[小池英光 2015年7月21日]

物体論・人間論

彼はガリレイの自然科学とイギリス特有の経験論的傾向から独自の形而上(けいじじょう)学的唯物論を展開した。この世界に実在するものは物体のみであり、いっさいの事象は物体とその機械的、必然的運動とする点はデカルトと同じであるが、さらに彼は運動の極限としてコナトス(圧、傾動、努力)なる潜在的な運動性を考えた。これによって物体の運動のみならず、人間の知覚、感情、行動までも説明しようとする。外物の運動が感覚器官に圧力を加え、生理的に脳に伝えられる。その運動の残存として記憶が成り立ち、判断や推理の作用もここから説明する。さらにこの運動が心臓への微細な運動をおこし、生活力を増大する傾向にあるときには快の感情が、逆の場合には不快の感情が生ずる。これが原因となって動物的運動(意志による運動)が引き起こされる、とホッブズは説く。

 この機械論的解釈から彼は意志の自由に関して決定論をとり、これをめぐってブラムホールと大論争を交わした。ホッブズによれば、いわゆる必然性からの自由は幻想であり、自由とは単に拘束ないし強制からの自由である。道徳については、客観的な善悪の基準は存在せず、生活力を増大させる対象に欲求や意欲が向けられて善と考えられ、その逆は嫌悪や憎悪の対象として悪と考えられるという。それゆえ一般的な善悪の基準があるとすれば、それは国家等を通して設定されるとした。

[小池英光 2015年7月21日]

政治論

唯名論と機械論を基礎として、抽象的本質を否定したホッブズは、政治論をまったく非神学的根拠から構築する。自然状態にあっては人間は生存のために自分の能力を無制限に行使しうる自由(自然権)をもつ。しかし、この状態においては、「万人の万人に対する戦い」の状態になる。そこで利己心の最大の実現のために、人間は理性を働かせて逆に自然権の一部を放棄し、相互に契約を結び、人々を代表する一つの意志に服従する。ここに国家と主権とが成立すると考えた。彼の理論はいずれの部分でも著しい弱点をもつが、当時の神学的伝統からの絶縁を体系的に貫徹しようとした点に十分な意義を認めるべきであろう。

 主著は『法の原理』(1640)、『物体論』(1655)、『人間論』(1658)、『国家論』(1642)、『リバイアサン』(1651)など。

[小池英光 2015年7月21日]

『永井道雄・上田邦義訳『リヴァイアサン』全2巻(2009・中央公論新社)』『田中浩著『ホッブズ研究序説――近代国家の生誕』(1982/改訂増補版・1994・御茶の水書房)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

ホッブズ
(Thomas Hobbes トマス━) イギリスの哲学者、政治思想家。自然主義・唯物論の立場に立つ。平和を得るには、人間は契約により国家を形成し、主権者に一切の権利を譲ってこれに絶対服従し、治安秩序を維持するほかないと説いて、絶対君主制を擁護。主著「リバイアサン」「市民について」「哲学原論」。(一五八八‐一六七九

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旺文社世界史事典 三訂版

ホッブズ
Thomas Hobbes
1588〜1679
イギリスの経験論哲学者・政治思想家
オクスフォード大学に学び,貴族の家庭教師となる。ピューリタン革命動乱でフランスへ亡命し,主著『リヴァイアサン』を著した。その後帰国し,王政復古後はもっぱら学問にはげんだ。人間の自然権を重視し,「万人の万人に対する闘争」の状態から生命の安全を守るため,社会契約により主権を譲渡して国家主権に委ねよと説いた。彼の説は絶対王政を擁護するものであったが,のちのロック・ルソーらによる人民主権論への道を開いた。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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