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ボアソナード

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ボアソナード
Boissonade de Fontarabie, Gustave Émile
[生]1825.6.7. バンセンヌ
[没]1910.6.27. アンティーブ
フランスの法学者。御雇外国人の一人。 1852年パリ大学で法学博士号取得,1864年グルノーブル大学,パリ大学の助教授。 1873年日本政府に招聘されて来日。司法省顧問として,刑法 (旧刑法) ,治罪法民法 (旧民法) を起草 (前2者は 1882年施行,旧民法は法典論争のため施行されなかった) 。司法省法学校,明治法律学校教授を務め,フランスの法律学および自然法思想を講じ,日本の立法事業ならびに法学教育に大きな足跡を残し,1895年帰国主著『刑法草案注釈』 Projet de code pénal pour l'empire du Japon accompagné d'un commentaire (4巻,1882) ,『民法草案注釈』 Projet de code civil accompagné d'un commentaire (5巻,1882~89) 。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

ボアソナード(Gustave Émile Boissonade)
[1825~1910]フランスの法学者。明治6年(1873)日本政府の招きで来日し、法学教育・法典編纂に当たり、刑法民法を起草。同28年に帰国。「日本民法草案」。

出典:小学館
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世界大百科事典 第2版

ボアソナード【Gustave Emile Boissonade de Fontarabie】
1825‐1910
明治政府の法律顧問として22年間日本に滞在したフランス人法学者。1848年の2月革命のころ青春時代をすごし,その人道主義理想主義の影響を受けたが,基本的には古典的自由主義者であった。73年パリ大学助教授のとき48歳で来日。当時の日本は,まだ維新後の混乱期にあり,国内的にも近代的法制度の整備を急いだが,とくに,最大の外交案件として条約改正問題をかかえ,その前提条件として列強が要求する法典編纂を成就する必要があった。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

ボアソナード【Gustave Émile Boissonade】
1825~1910 フランスの法学者。1873年(明治6)日本政府の招きにより来日。法学教育に携わり多数の法律家を養成。最初の刑法・治罪法・民法の法典を起草し、日本の近代法整備に貢献。95年帰国。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

ボアソナード
ぼあそなーど
Gustave Emile Boissonade de Fontarabie
(1825―1910)
日本の近代法体制の形成に大きな貢献をしたフランス人法学者。1825年6月7日パリ近郊のバンセンヌで生まれた。パリ大学法学部を卒業し、1849年パリ控訴院付弁護士に登録。1864年教授資格取得試験に合格し、グルノーブル大学でローマ法の講義を担当、1867年にパリ大学の教授資格者に抜擢(ばってき)された。1873年(明治6)パリに滞在中の井上毅(いのうえこわし)ら司法省官員に憲法、刑法を講義したことが機縁となり、明治政府から招聘(しょうへい)され、同年11月に来日した。以後22年の滞在期間中に多方面にわたって貢献し、多くの業績を残した。まず、1874年から法律家の養成を目的に司法省法学校でフランス法や自然法論を講義した。そのほか帝国大学や、東京法学校(のち和仏法律学校、現、法政大学)、明治法律学校(現、明治大学)など草創期の私立法律学校において法学教育に尽力し、卒業後法典編纂(へんさん)や司法実務、法学教育などに活躍する多数の法律家を養成した。また、司法省を中心に元老院、外務省、法制局など政府諸機関に顧問として助言や献策を行うとともに、多様な質問に回答を与えた。とくに1874年の台湾出兵事件や1882年の壬午(じんご)軍乱の善後処理のために有益な助言を行い、さらに1887年の外相井上馨(かおる)の外国人裁判官任用案に反対意見書を提出するなど、外交上や条約改正に貢献した。また司法卿に拷問廃止を強く訴え、拷問制度の廃止に尽力した。主要任務である法典編纂では、まず1876年から刑法、治罪法の草案起草に取り組み、元老院などの審議を経て1880年公布、1882年施行の刑法(旧刑法)、治罪法に結実した。ついで1879年から草案起草にあたった民法は、法律取調委員会や元老院、枢密院などの審議を経て1890年公布の民法(旧民法)に結実したが、法典論争の結果、施行が延期となった。1895年帰国し、南仏アンティーブで1910年6月27日85歳の生涯を閉じた。[吉井蒼生夫]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

ボアソナード
(Gustave Emil Boissonade ギュスターブ=エミール━) フランスの法学者。明治六年(一八七三)日本政府顧問として招かれて来日。日本最初の近代法典である刑法・治罪法・民法の草案を起草。主著「日本民法草案注解」。(一八二五‐一九一〇

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社日本史事典 三訂版

ボアソナード
Gustave Emile Boissonade
1825〜1910
フランスの法学者。御雇外国人の一人
パリ大学助教授。1873〜95年の間滞日し,司法省法学校で法学教育に従事し,フランス法に基づいて旧刑法・治罪法を編纂。しかし,ボアソナードの起草した民法草案には反論が出て,民法典論争に発展した。また'87年井上馨の条約改正案に対し反対の意見書を提出し,反対運動に影響を与えた。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

ボアソナード Boissonade de Fontarabie, Gustave Emile

出典:講談社
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

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