@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

ポスト・モダニズム【ポストモダニズム】

世界大百科事典 第2版

ぽすともだにずむ【ポスト・モダニズム】

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

日本大百科全書(ニッポニカ)

ポスト・モダニズム
ぽすともだにずむ
post-modernism

ポスト・モダニズムあるいはポスト・モダンという語は「近代のあと」の時代を意味する。そしてこのことばの意味から、モダニズムつまり近代主義に対する不信、反動、超克を意味する用語として用いられている。

[平野和彦]

概念の形成

ポスト・モダニズムという語自体は1960年代以前にすでに用いられていたが、1960年代アメリカでは、いわゆる前衛的な作品をさすことばとして文芸批評家の間で用いられるようになった。一方、このポスト・モダニズムという語が今日的な意味を確立するのは、1970年代イギリスのチャールズ・ジェンクスによる建築、芸術批評によってである。ジェンクスは『ポスト・モダニズムの建築言語』(1977)を書いたが、ここでいうポスト・モダニズムは、近代の組織的な進化主義に対する異議申立てを意味する。過去の歴史的な様式を参考にし、さらに自由な発想を混交、折衷した複合的な建築ジャンルの誕生を指摘したのであり、こうしたポスト・モダンの概念は、近代世界の原理である理性、科学、進歩に対する信奉に不信を突きつける世界観を反映するものであった。換言すれば、もはや西欧世界を中心とした文化だけを価値あるものとするのではなく、多文化、異文化を受け入れようとする総体的な運動のなかでとらえられる文化的意識概念である。したがって、この概念のとらえ方は一様ではなく、さまざまな解釈がなされている。

[平野和彦]

建築におけるポスト・モダニズム

ウィーン分離派、バウハウス、CIAM(シアム)(近代建築国際会議)などの活動を経て、近代建築の理念の大勢は、国際様式(インターナショナル・スタイル)へ向かった。しかし、1960年代後半になると、その知的かつ端正な形態に異議を唱える建築家が現れ始める。前述のジェンクスの『ポスト・モダニズムの建築言語』が出版された1977年(この年をポスト・モダニズム誕生とみなすことが多いけれども、本来、さほど明確な指標ではありえない)には、レンゾ・ピアノとリチャード・ロジャーズの共同設計によるポンピドー・センター(パリ)が竣工(しゅんこう)し、石油精製所のようなその新奇な外観が人々を驚かせた。

 一方、1970年代末から、歴史主義的なモチーフをたくみに利用した折衷主義の建築が、「新しいもの」として現れてくる。チャールズ・ムーアCharles Willard Moore(1925―1993)やマイケル・グレイブズなどによる建築には、機知に富んだ「新しさ」が見受けられる。日本では、1980年ごろから磯崎新(いそざきあらた)が、多彩な古典的意匠を複雑な形において使いこなし、新しい造形として世界の注目を浴びた。

 いずれにせよ、かつての国際様式とは異なる方向が志向されていることは明らかである。しかしその方向が一様なものでないことが、建築におけるポスト・モダニズムを一つの様式として括(くく)ることを困難にしている。しかも流行というほど多数であるのではないけれども、少数でありながら目だつものの取扱いがむずかしく、そのあたりにポスト・モダニズムの特徴の一側面を指摘することができる。

[武井邦彦]

ハイ・テック

建築におけるポスト・モダニズムの隆盛と相前後して、ハイ・テックHigh-Tech(ハイテクともいう)ということばが注目を集めた。これは、ふつう高度技術と訳されるものであろうけれども、他方、過去の工業製品を「新しい使い方」により、現代の家庭生活に取り入れるという折衷主義的なスタイルをもハイ・テックとよぶ。この新しい生活スタイルの提案は、1978年に出版されたジョーン・クロンJoan Kron(1928― )およびスザンヌ・スレシンSuzanne Slesinの共著『ハイ・テック』によって大きな話題となった。この著作のジャケット(カバー)には、テーブルの上の大皿に盛られた青リンゴというような家庭的な写真が掲げられているが、テーブルの天板は海軍艦艇のボイラールームの床用に開発されたエンボス鋼板であり、果物皿は庭にくる小鳥を水浴びさせるためのコンクリート製の水盤を転用したものである。既成の価値観にとらわれることのない、また、折衷に躊躇(ちゅうちょ)することのないこのスタイルは、明るく軽やかであり、ポスト・モダニズムの考え方に通底するものであったといいうる。ただし、話題となったほどには、日本の一般的な生活の場面に取り入れられることはなかった。

[武井邦彦]

デザインにおけるポスト・モダニズム

デザインの領域においては、イタリアのデザイン・グループ、アルキミアAlchimiaやメンフィスMemphisなどの活動が、ポスト・モダニズム的なものとして1980年代に耳目を集めた。エットーレ・ソットサスEttore Sottsass, jr.(1917―2007)を主柱とするメンフィスは1981年に結成され、はでな色彩と機知に富んだ造形によってデザイン界の話題となった(1988年に解散)。

 その後ポスト・モダニズムということばが濫用され、「目新しいもの」であれば何でもポスト・モダニズムとよばれる傾向にあった。しかし現代性・大衆文化性・情報性・経済性・生産性などに重点を置かざるをえないデザインという実践の領域では、もはやポスト・モダニズムということばを使用する機会は稀(まれ)となったというべきであろう。最新のデザインの領域においては、すべてがつねにポスト・モダンであることを要請される。「目新しいもの」を希求する現代的な価値観においては、「高尚な美」「端正な形態」「機能的な造形」「伝統的な構造」などよりも、「おもしろデザイン」的な意匠のほうが注目を浴びるのである。しかしモダニズムの正統的継承者であらんとする作家が、果敢にモダニズムを超えようと試みた成果がある一方、ポスト・モダニズムの意識は希薄でありながら、非力を過剰なジェスチュアによって補い、ポスト・モダンの風潮に便乗しようとした作家もあったことに留意すべきであろう。

[武井邦彦]

絵画におけるポスト・モダニズム

ポスト・モダニズムの絵画バージョンとされるのは、1980年代に登場したニュー・ペインティングといわれる一潮流であるが、ここにポスト・モダンの思潮を認めることはきわめてむずかしいように思われる。トランスアバングァルディア(イタリアにおけるニュー・ペインティングの呼称)の3Cといわれるサンドロ・キアSandro Chia(1946― )、エンツォ・クッキEnzo Cucchi(1949― )、フランチェスコ・クレメンテなどにおける作品の様相は、寓意(ぐうい)を利用したいと願う非力な具象画家の思索レベルを示していたのではあるまいか。モダニズムで「ない」ことは、ポスト・モダニズムで「ある」ことの証明にならないと知るべきである。

[武井邦彦]

哲学におけるポスト・モダニズム

ジェンクスの『ポスト・モダニズムの建築言語』に続いて、ポスト・モダンという語が哲学・思想の領域において二度目にインパクトを与えたのは、1979年リオタールが『ポスト・モダンの条件』を刊行したことによる。リオタールは高度に発展した先進社会における知の現状をポスト・モダンとよぶ。彼は、ポスト・モダンとは何よりも「メタ物語métarécits」に対する不信感であり、ポスト・モダンの社会にある人間は、今後「メタ物語」のない世界で生きなければならないという。「メタ物語」とはモダンの文化に基づいた「大いなる物語」、すなわち、モダンの時代まで社会が依拠していた進歩の歴史教義であり、普遍的価値をもつ物語としてその正当な価値基準とされていたものである。こうしてリオタールは、モダンの「大いなる物語」に絶望した社会条件をポスト・モダンとよぶのである。科学も進歩もあてにはできないポスト・モダンの世界では、「唯一の文明」という理想のなかに溶け込むことはできず、ひとりひとりがさまざまに異なった文明を受け入れなければならない。リオタールは、西欧先進国の文化が、行き着く先のわからない漂流の様態にある歴史のなかで、「ポスト・モダンの条件」に直面する新しい状況を露呈させている。

 ジル・ドゥルーズ(ドルーズ)も、理性を信奉するモダンに対する痛烈な批判によって、ポスト・モダンの哲学者と考えられている。『千のプラトー』(1980)のなかで、権力から解放された思想を主張するドゥルーズは、あらゆる方向に伸び、中心をもたない「リゾーム」(一種の球根の根)の概念を提出する。そして、主体も客体もなく、中心も周辺もない、さまざまな異質な流れが複雑に絡み合う多様体としての思考を展開した。

 ジャン・ボードリヤールもまた、近代社会の一所産であるマルクス経済理論の終焉(しゅうえん)を告げ、オリジナルの存在しない「ハイパーリアリティ」(超現実)概念を主張したことによって、ポスト・モダンの思想家と考えることができる。つまり、現代消費社会は記号signeの市場に支配されているという思考から出発し、オリジナルとコピーの差異が消えた「シミュラークル」(模造品)の時代が現代という決定不可能の世界であるとする。

 科学と哲学の境界領域に立つ思想家、ミシェル・セールも、『自然契約』(1990)のなかで、進歩し続ける科学を主人公とする現代社会に警鐘を鳴らし、大地の自然のなかでこそ、われわれ人間が生かされているというその主張によって、ポスト・モダンの思想家といえるであろう。

 アメリカにおけるポスト・モダニズムは、芸術批評、脱構築(デコンストラクション)思想、科学の相対主義、人類学などに依拠した大きな思想潮流の形成を特徴とし、1980年代には社会科学の領域へと広まっていく。アメリカのポスト・モダニズムを代表するのは哲学者のリチャード・ローティである。しかし、彼自身はプラグマティズムの継承者であると宣言し、事実の絶対真実を表現する観点は存在せず、また物事の本質を定義することもできないという原理から出発している。すなわち彼は相対主義的アプローチをとり、西洋の伝統哲学に対する批判を通じて哲学の終焉を宣言する。この面では西洋ロゴスを徹底批判するフランスの脱構築の哲学者デリダと共通している。

 人類学の領域においては、アメリカの人類学者クリフォード・ギアツがポスト・モダニズムの代表といえる。彼はポスト・モダニズムの思想家たちと共通して科学の目的を批判し、知の階級制度を拒絶した。

[平野和彦]

文学におけるポスト・モダニズム

文学の分野では、哲学におけるポスト・モダンのような定義づけはなされておらず、ポスト・モダニズムあるいはポスト・モダンの作家という明確な範疇(はんちゅう)はないというのが現状であろう。文学のポスト・モダンは、西欧文明の老化に異議を唱え、解体し、再構成しようと試みるさまざまな傾向の文学の時代として考えられる。

 アメリカ文学におけるポスト・モダニズムは、1960年代の大統領ケネディの暗殺による政治的な不安定、ベトナム戦争による政治的不信感などのなかで、現実のとらえ方を通して文学の境界解体へ向かった。このような意味において、アメリカ文学では1960年代の文学動向にポスト・モダニズムという語がすでに流布していた。ジョン・バース、トマス・ピンチョンなどのニュー・フィクションといわれる作家たちは、SF的・虚構的な趣向を取り込み、小説の世界の解体を促そうとする。ブルース・スターリングBruce Sterling(1954― )のいう、いわゆる「境界解体文学」が生まれた。ピンチョンは『重力の虹(にじ)』(1973)のなかで、ロケット人間タイロン・スロースロップを通して現実と虚構のボーダレスな世界を描き、現代のテクノロジー社会を痛烈に批判する。こうした長編小説に反発して、1980年代にはレイモンド・カーバーRaymond Carver(1939―1988)などの短編小説の動きが起こるが、文学の流れは、ベルリンの壁崩壊、天安門事件、湾岸戦争など世界的な政治事件を含む世紀末の歴史への不信を突きつけ、これまでの西欧中心主義の思想を突き崩そうとするポスト・モダニズムの流れに至る。

 ラテンアメリカ文学におけるポスト・モダニズムの作家といわれるのは、まずアルゼンチンのホルヘ・ルイス・ボルヘスであろう。詩、小説、文学批評など文学のすべての領域で活躍している。『伝奇集』(1944)、『エル・アレフ』(1949)など彼の描く世界は、幻想的な宇宙の迷路の形而上(けいじじょう)学、「円環の廃墟(はいきょ)」を喚起する。またペルーの代表的な作家マリオ・バルガス・リョサは、インカの神話的なペルーと決別し、現実のペルーの悲惨さ、残酷さを描き出そうとする。

 『薔薇(ばら)の名前』(1981)、『フーコーの振り子』(1988)などの小説によって世界に知られるイタリアの記号論者・小説家であるウンベルト・エーコも、歴史の再構成、知性と想像力を極限までつきつめ、テクスト解釈の限界に迫るその方法によって、ポスト・モダンの作家の一人に数えられよう。

[平野和彦]

ポスト・モダニズムの意義

20世紀以降の世界の思想の流れは、マルクス主義、実存主義、構造主義、ポスト構造主義、マルクス主義の失効、脱構築の思想などのめまぐるしい動向を経て、現代の大衆消費社会、高度情報社会のなかで加速化する世界へ突入している。このような社会において、価値観の多様化も思考の多元化も当然の帰結であろう。結局ポスト・モダニズムとは、さまざまな分野で複雑な様相を呈しながらも、こうした近代進歩主義的理想としての社会システムへの強烈な懐疑・批評を通して、現代社会の乗り越えを図ろうとする思潮といえよう。

[平野和彦]

『浅田彰著『構造と力 記号論を超えて』(1983・勁草書房)』『浅田彰著『「歴史の終わり」と世紀末の世界』(1994・小学館)』『浅田彰著『「歴史の終わり」を超えて』(中公文庫)』『浅田彰著『逃走論――スキゾ・キッズの冒険』(ちくま文庫)』『フランソワ・リオタール著、小林康夫訳『ポスト・モダンの条件――知・社会・言語ゲーム』(1986・水声社)』『フランソワ・リオタール著、管啓次郎訳『ポスト・モダン通信――こどもたちへの10の手紙』(1986・朝日出版社)』『ジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリ著、宇野邦一他訳『千のプラトー』(1994・河出書房新社)』『今村仁司著『近代の思想構造』(1998・人文書院)』『ジョン・レヒテ著、山口泰司・大崎博監訳『現代思想の50人――構造主義からポストモダンまで』(1999・青土社)』『亀井俊介著『アメリカ文学史講義3 現代人の運命』(2000・南雲堂)』『柄谷行人著『批評とポスト・モダン』(福武文庫)』『竹田青嗣著『現代思想の冒険』(ちくま学芸文庫)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ポスト・モダニズム」の用語解説はコトバンクが提供しています。

ポスト・モダニズムの関連情報

関連キーワード

黒人問題印僑人種別職業構成の割合醸造業RCA情報化社会平山郁夫ウェンツェル工業薬品工業自動車工業

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation