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マクデブルク

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

マクデブルク
Magdeburg
ドイツ中北部,ザクセンアンハルト州州都ベルリン西南西約 120km,エルベ川沿いに位置する。 962年に大司教座がおかれ,エルベ以東地域のスラブ人教化活動の中心地となり,13世紀にはハンザ同盟に加入して商業都市として発展,マクデブルク都市法の名で知られる都市自治法を確立した。その後,大司教との間に争いが続き,15世紀末にはほとんど自治を得たが,結局帝国都市にはなりえず,最終的にはホーエンツォレルン家の支配下に入った。 1806年にナポレオン1世に占領され,以後 13年までウェストファーレン王国領。 16年プロシア王国のプロウィンツザクセンの中心都市となり,第2次世界大戦前は軍需工業都市として繁栄。 1952~90年マクデブルク県 (旧東ドイツ) の県都。現在はドイツの重要な工業都市として,食品加工 (製糖,製粉) ,金属,機械,化学繊維など各種の工業が行われている。 13~16世紀の大聖堂 (ゴシックおよびロマネスク様式) ,1240年頃のオットー1世騎馬像など歴史的建造物が多い。人口 23万456(2010)。

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デジタル大辞泉

マクデブルク(Magdeburg)
ドイツ中東部の商工業都市。ザクセンアンハルト州の州都。エルベ川西岸にあり、水運要衝中世ハンザ同盟に所属。

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世界大百科事典 第2版

マクデブルク【Magdeburg】
ドイツ中東部,ザクセン・アンハルト州の州都。人口26万5000(1995)。エルベ川中流域に位置し,またミッテルラント運河が通じ,旧東ドイツ最大の内陸港をもつ。重工業の中心地で,他に食品,織物建材などの製造が行われる。その起源フランク王国の城砦所在地として登場する9世紀にまでさかのぼるが,その後の発展にとり決定的だったのは,ここがキリスト教東方伝道の前哨拠点に選ばれたことである。すなわち,東方の安定を図るとともに教会を帝権の支柱たらしめる政策を推進した神聖ローマ帝国初代皇帝オットー1世によって,968年マクデブルク大司教座が新設された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

マクデブルク
まくでぶるく
Magdeburg
ドイツ中東部、ザクセン・アンハルト州の州都。1949~90年は旧東ドイツに属した。エルベ川中流部沿岸に位置する。人口23万1500(2000)。ミッテルラント運河とエルベ・ハーフェル運河が市の北方でエルベ川に交わる水運の要衝で、河港をもち、鉄道・道路も集中する交通要地である。とくに1938年ミッテルラント運河の開通でルール地方と結ばれたことにより、工業化が促進された。鉄鋼、機械(機関車)、食品(製糖、コーヒー、チョコレート)などの工業が盛んで、穀物、石炭、カリ塩、砂糖の取引中心地ともなっている。工業大学、教育大学、医科大学などのある学都でもあり、都心にはリープフラウエン教会や大聖堂などがある。12世紀ロマネスク様式の大聖堂には、オットー1世の墓や鋳造家フィッシャー作の像がある。[佐々木博]

歴史

市はエルベ川の渡河地点に位置し、早くからエルベ川以東に住むスラブ人との交易の基地となった。カール大帝時代の805年、すでに市場が存在したという最初の記録がある。その後、スラブ人へのキリスト教布教、ドイツ人の東方進出の拠点となり、そのため937年オットー1世は聖モーリッツ修道院を設立し、968年これを本山聖堂として大司教を置いた。12世紀後半より商業が著しく発達し、1188年大司教ウィヒマンは都市法を賦与したが、この都市法はブランデンブルク、シュレージエン、ポーランド各地の都市に流布し、受容された。市民は大司教の都市支配権と闘い、13世紀末に自治を獲得し、他方、ハンザ同盟に加入、その有力なメンバーとなった。宗教改革に際してはいち早く新教化したが、三十年戦争のときティリの率いる皇帝軍に襲われ、1641年徹底的に破壊された。その後、「マクデブルクの半球実験」で知られる市長ゲーリケの適切な指導下に復興し、1680年ブランデンブルク選帝侯領、1814年プロイセン領となり、ドイツ有数の商業都市となった。[瀬原義生]

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精選版 日本国語大辞典

マクデブルク
(Magdeburg) ドイツ中東部、エルベ川中流の河港都市。ミッテルラント運河が通じる。ドイツ最古の都市の一つで、九六八年大司教所在地となり、ハンザ同盟の都市として栄えた。

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