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マニラ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

マニラ
Manila
フィリピン首都。正式名称はメトロマニラ Metro Manila。ルソン島のほぼ中央部,南シナ海から湾入するマニラ湾の東岸にある。 1975年マニラ市がケソンシティー市を含む近隣の3市 13町と合併してメトロマニラとなった。中心市街地のマニラ市はパシグ川のデルタにあるが,メトロマニラは南東はバイ湖,東方はパシグ川支流のマリキナ川,北方はダガトダガタン潟湖に及ぶ。熱帯季節風気候で,年降水量 1791mm。 12月~4月に乾季がある。月平均気温は 25.4℃ (12月) ~29.4℃ (5月) 。 16世紀にはパシグ川の河口にスルタン国が形成され,船運の要衝としてにぎわった。 1571年以後スペイン領,1898年からアメリカ領フィリピンの首都で,政治,経済,文化の中心地。東洋の真珠とうたわれた美しい市街は第2次世界大戦で廃墟と化したが復興。 1946年の独立後,1948年に首都は北東部のケソンシティーに移されたが,政府機関の移転は進まず,メトロマニラの成立により名実ともに首都となった。パシグ川が市街を二分するが,北部が中心的な商業・住宅地区で,国内通商用のノース港があり,銀行,海運など各種の会社が多く,商店街,中国人街もある。パシグ川以南は,官庁街,緑地帯,高級住宅街などで,国際通商用のサウス港や国際空港がある。政治の中心地であるとともに,商工業の機能が集中しており,サウス港は国の輸出入の大部分を扱う。織物,食品加工,出版,印刷,製靴,たばこなどの小工場が市内に多いほか,郊外の道路沿いに電子,電機などの近代的な工場が建設されており,南東郊には重工業も立地する。フィリピン大学,マニラ大学などの大学,研究機関,大聖堂や聖堂が多い。人口 166万714(2007)。

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デジタル大辞泉

マニラ(Manila)
フィリピン共和国の首都。ルソン島南西部のマニラ湾に臨む港湾都市。1571年にスペインのレガスピが建設し、東洋交易の拠点として繁栄。独立後の1948年に郊外のケソンシティーに首都の座を譲ったが、1975年にケソンシティーとともに隣接地を併合して大マニラを構成。人口、行政区158万(2000)。

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世界大百科事典 第2版

マニラ【Manila】
フィリピン共和国の首都。人口165万,メトロ・マニラの人口1486万(ともに1995)。ルソン島南西部,天然の良湾マニラ湾の東岸に立地し,パシグ川が東西に流れて市内を南北に二分する。年平均降水量は1791mm,その大半が南西モンスーンの卓越する6~11月に集中する。ルソン島屈指の農業地帯である中部ルソン平野と南部ルソンの丘陵地帯を後背地にもつ。 1571年にスペイン総督レガスピが植民地経営の根拠地をここに移して以降,300年以上にわたりスペインのフィリピン支配と極東におけるスペイン・カトリック権力の中枢で,かつメキシコと東洋を結ぶガレオン船母港であった。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

マニラ
まにら
Manila
フィリピンの首都。同国北部、ルソン島南西部のマニラ湾に臨む。人口158万1082(2000)。1948~76年の間は、北東に隣接するケソン・シティに首都が置かれた。1970年代に入って加速されたマニラ近郊の人口増加によって大首都圏が形成され、行政上もケソン・シティなど4市13町をあわせてメトロポリタン・マニラが設けられている。その人口は993万2560(2000)で、全人口の約13%を占める。フィリピンの政治、経済、文化の中心地で、陸海空の交通網の拠点となっている。同国最大の貿易港をもち、マニラ湾にはつねに多数の外国船がみられる。マニラの名物の一つは極彩色のジープニー(小型バス)であるが、交通渋滞が激しく、1984年にマニラを横断してカロオカンとパサイを結ぶ高架鉄道が開通し、大衆的交通手段として役だっている。
 スペインとアメリカによる植民地支配の拠点であっただけに、アジアの諸都市のなかでも早くから西欧化された活気のある町として知られる。中心部にある旧城壁都市のイントラムロスは、太平洋戦争末期の激戦地であったため長く廃墟(はいきょ)となっていたが、旧市街地の復原が進み、観光名所の一つとなっている。ここにはカトリックのマニラ大聖堂やスペイン軍が築いたサンティアゴ要塞(ようさい)があり、その南の、独立の指導者ホセ・リサールの記念碑が立つリサール公園は国民的集会の場となっている。海岸沿いのエルミタ区とマラテ区には中級ホテルが集中している。パシグ川を4キロメートルほどさかのぼった所に大統領官邸、マラカニヤン宮殿がある。パシグ川下流の右岸は、かつては商業、金融の中心として繁栄を誇ったが、いまはさびれて昔日のおもかげはない。右岸でも河口に近いトンドはアジアの典型的なスラムとして知られる。マニラに流入した住民の30~40%は低湿地や空き地に住み着いて、不法居住者としての不安定な生活を送っている。
 マニラの南東に接するマカティは、1960年代からアヤラ財閥の手で開発され、フィリピンの金融、商業の中枢機能が集中している。整然たる大ビル街と高級住宅地区が交錯し、高級ホテルも多く、華やかなショッピング街が広がる。北東のケソン・シティは、1930年代に首都として計画的に建設された都市で、国会議事堂や官庁のほかに国立フィリピン大学など大学が多い。[高橋 彰]

歴史

マニラはフィリピン諸島のなかでもっとも早く開けた国際的交易地の一つで、16世紀前半にはイスラム文化北進の拠点になっていた。しかし、1571年にスペインがこの地をフィリピン植民地の首都として定め、パシグ川の南岸に城壁都市(イントラムロス)を建設した。城壁都市は政庁関係建造物、教会、修道院、スペイン人住宅などで占められ、経済活動は、城壁都市外の中国人居住地区パリアンや、パシグ川北岸のトンド地区で営まれた。マニラの国際的交易活動は、長らく、メキシコ―フィリピン間の大帆船(ガレオン船)による貿易(ガレオン貿易)と、アジア諸国、とくに中国との貿易に制限されていた。しかし、七年戦争の余波で、1762~64年の間、マニラがイギリス東インド会社に占領されたことや、メキシコの独立によって、1815年にはガレオン貿易が続行できなくなったことなどから、1834年にマニラは欧米諸国の船舶にも開港された。1898年フィリピンの領有権がスペインからアメリカに移って以降、マニラの相貌(そうぼう)は著しくさま変わりした。アメリカは政府関係建造物や銀行、商社、歓楽街などを城壁都市外に大規模に建設して、マニラを消費文化の中心地とした。第二次世界大戦中、日本のフィリピン占領の末年(1945)に、マニラはアメリカ軍の大規模な爆撃を受け、城壁都市の大半も壊滅した。[池端雪浦]

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精選版 日本国語大辞典

マニラ
(Manila) フィリピン共和国、ルソン島中西部のマニラ湾に臨む大都市。一六世紀末からスペイン領、のちアメリカ領フィリピンの中心都市として繁栄。一九四六~四八年、また、七六年以降、フィリピン共和国の首都。七五年にケソン市と周辺の地を併合して大マニラ(マニラ首都圏)を構成。

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旺文社世界史事典 三訂版

マニラ
Manila
フィリピン,ルソン島のマニラ湾に臨む港湾都市
1571年スペイン人のレガスピが建設し,以後スペインのフィリピン植民統治の中心地,商業上の重要な拠点として栄えた。1898年米西(アメリカ−スペイン)戦争でアメリカ領となったが,1946年の独立後,政治の中心市となった。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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