●マリアナ沖海戦【マリアナおきかいせん】
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
マリアナ沖海戦
マリアナおきかいせん
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マリアナおき‐かいせん【マリアナ沖海戦】
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世界大百科事典 第2版
まりあなおきかいせん【マリアナ沖海戦】
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日本大百科全書(ニッポニカ)
マリアナ沖海戦
まりあなおきかいせん
太平洋戦争末期、1944年(昭和19)6月19~20日に行われた日米艦隊決戦。同年6月11日、米機動部隊はマリアナ海域に出現、15日にはサイパン島へ上陸を開始した。このため、連合艦隊は「あ号作戦」を発動、フィリピンのタウイタウイ泊地に待機していた小沢治三郎(じさぶろう)中将麾下(きか)の第一機動艦隊(空母9隻を基幹)が出撃した。スプルーアンス大将麾下の米機動部隊(空母15隻を基幹)は、マリアナ諸島西方に展開してこれを迎え撃ち、空前の艦隊決戦が行われた。この戦闘で米軍の損害は、航空機の喪失約100機、艦艇の小破数隻にとどまったのに対し、日本軍は航空機約400機を喪失、空母3隻、補給船3隻を撃沈され、加えてこの決戦とその前哨(ぜんしょう)戦のなかで虎(とら)の子の基地航空隊も壊滅的打撃を被った。
マリアナ沖海戦は、日米兵力間の量的・質的格差を明白に示すとともに、米軍によるマリアナ攻略戦の勝利を不動のものとし、以後、日本本土は激しい空襲にさらされることになる。
[吉田 裕]
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