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マルトフ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

マルトフ
Martov, L.
[生]1873.11.24. イスタンブール
[没]1923.4.4. ベルリン
ロシアの革命家。本名 Yulii Osipovich Tsederbaum。ユダヤ人の家に生れた。 1891年革命運動に入り,93~95年流刑となった。 95年レーニンとともに「労働者階級解放闘争同盟」に加わったが,翌年逮捕されてシベリア流刑に処せられた。 1901年国外に逃れて,レーニンや G.V.プレハーノフと『イスクラ』の編集にあたったが,03年ロシア社会民主労働党第2回大会で組織問題でレーニン対立,以後メンシェビキの指導者となった。 17年二月革命後ロシアに戻ったが,ボルシェビキ政権に反対して 20年亡命し,ベルリンで『社会主義通報』 Sotsialisticheskii Vestnikを発行した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

マルトフ(L. Martov)
[1873~1923]ロシアの革命家。本名ユーリー=オシポビチ=ツェデルバウム(Yuliy Osipovich Tsederbaum)。レーニンとともにロシア社会民主労働党の設立に活躍。のち、レーニンと対立し、メンシェビキの指導者となった。十月革命に反対してベルリンに亡命。

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世界大百科事典 第2版

マルトフ【L.Martov】
1873‐1923
ロシア社会民主労働党メンシェビキ派の指導者。本名はツェデルバウムYulii Osipovich Tsederbaum。トルコのイスタンブールに生まれ,ロシアのユダヤ人差別の中で育ち,ナロードニキに共鳴したがマルクス主義に転じ,レーニンらと社会民主労働党の草創を担った。1896年に逮捕され,シベリア流刑の後,1901年ドイツに亡命し,新聞《イスクラ》編集に携わり,党再建と第2回党大会(1903)召集の原動力として働いた。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

マルトフ
まるとふ
Л. Мартов/L. Martov
(1873―1923)

本名Юлий Осипович Цедербаум/Yuliy Osipovich Tsederbaum。ロシアの革命家、社会民主労働党員。コンスタンティノープルの商人の子に生まれる。ペテルブルグ大学を中退し、1895年、レーニンによって創設された「労働者階級解放闘争同盟」に加わったが、96年に逮捕され、97年シベリアに流刑となった。1901年ミュンヘンに亡命、『イスクラ』編集者の1人となる。3年のロシア社会民主労働党(共産党)第2回大会でレーニンと対立、メンシェビキの指導者となった。05年の革命の際ペテルブルグ・ソビエトの活動に参加。反動期には解党派の『社会民主主義者の声』を編集、17年メンシェビキ‐国際派のグループとともにメンシェビキ「左派」として十月革命に協力し、第7、第8回全ロシア・ソビエト大会代議員、19年には全ロシア・中央執行委員会委員に選出された。国内戦期にはプロレタリアート独裁に反対し、20年亡命先のドイツで死去。回想録『社会民主党員の手記』(1922)がある。

[木村英亮]

『マールトフ著、加藤一郎訳『ロシア社会民主党史』(1976・新泉社)』『I・ゲツラー著、高橋馨訳『マールトフとロシア革命』(1975・河出書房新社)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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367日誕生日大事典

マルトフ
生年月日:1873年11月24日
ロシアの政治家
1923年

出典:日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」
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精選版 日本国語大辞典

マルトフ
(L. Martov) 本名はユーリー=オシポビチ=ツェデルバウム。ロシア社会民主労働党の指導者。レーニンの僚友であったが、一九〇三年の第二回大会でレーニンと対立、メンシェビキ派の指導者となる。十月革命後ボルシェビキ政権に反対し、一九二〇年ベルリンに亡命。(一八七三‐一九二三

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社世界史事典 三訂版

マルトフ
Martov
本名Yulii Osipovich Tsederbaum
1873〜1923
ロシアの革命家
レーニンとともに革命運動に参加して,シベリア流刑後亡命。国外で機関紙「イスクラ」を編集・発行した。1903年のロンドンでのロシア社会民主労働党第2回大会でレーニンと対立し,以後メンシェヴィキの指導者となる。十一月革命に反対し,亡命した。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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