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マンゾーニ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

マンゾーニ
Manzoni, Alessandro
[生]1785.3.7. ミラノ
[没]1873.5.22. ミラノ
イタリアの詩人,小説家,劇作家。イタリア・ロマン主義最大の作家。リソルジメント (国家統一運動) 期に,伝統的なものと革新的なものとの融合をはかり,『婚約者』I promessi sposi (1827) によって,イタリア近代小説の祖となった。その他『聖歌』 Inni sacri (15~22) ,オード『五月五日』 Il cinque maggio (23) ,悲劇『カルマニョーラ伯爵』 Il conte di Carmagnola (20) ,『アデルキ』 Adelchi (22) など。

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マンゾーニ
Manzoni, Piero
[生]1933.7.13. ソンチーノ
[没]1963.2.6. ミラノ
イタリアの美術家。 1960年の前後6年間ミラノに定住し,数々の注目すべき仕事を残して夭折した。 58年「反色形 (アクローム) 」という思想に基づく白一色の作品に着手し,同時に紙に線だけを引く『線』の連作を始める。次いで空気を利用した彫刻をも計画。他方,自分の指紋をプリントした作品,息を風船に詰めたもの,自分の大便を缶詰にした『芸術家の人糞』などは,個体を表現の素材にしようとするもので,のちのボディ・アートの先駆といえる。『アジムト』 AZIMUTなどの機関誌の協力者にもなった。

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デジタル大辞泉

マンゾーニ(Alessandro Manzoni)
[1785~1873]イタリアの詩人小説家劇作家。イタリアロマン派代表者で、カトリック的理想と近代的精神とを統合した作品を書いた。歴史小説婚約者」など。

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世界大百科事典 第2版

マンゾーニ【Alessandro Manzoni】
1785‐1873
19世紀イタリア最大の国民作家。ミラノの貴族の出で,母方の祖父ベッカリーアボルテールの友人であり,名著《犯罪と刑罰》で知られ,北イタリアの啓蒙運動の指導者でもあった。マンゾーニははじめその母方の影響を強く受け,無神論に傾いたが,1808年エンリケッタ・ブロンデルと結婚,その影響下にジャンセニスムの色彩の強いカトリックに改宗した。この改宗を転機にキリスト教的理想と自由・平等・博愛の精神を結びつけた詩や戯曲を書いたが,彼の名を後世にとどめる作品は歴史小説《いいなずけ》(1827)である。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

マンゾーニ【Alessandro Manzoni】
1785~1873) イタリアロマン主義の代表的作家。文学史上不朽の名作とされる歴史小説「いいなずけ」は、近代イタリア語の成立に寄与したことから、国家統一運動の精神を象徴する作品となった。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

マンゾーニ
まんぞーに
Alessandro Manzoni
(1785―1873)
イタリアの作家。レオパルディ、フォスコロとともに、イタリアの、政治的には国家統一(リソルジメント)期、文化的にはロマン主義の時代を代表する。3月7日にミラノで生まれる。父はコモ湖の町レッコの伯爵家の出、母は、『犯罪と刑罰』を著して、近代刑法学の礎(いしずえ)を築いたチェーザレ・ベッカリーアの娘という由緒ある家柄であった(ただし、アレッサンドロの実の父親は、著名な文学者のベッリ兄弟の一人ジョバンニであったとの説がある)。出自にふさわしい教養をつけるべく、マンゾーニはカトリック修道会の寄宿学校に入った。1792年に母ジューリアは父と別れ、以前から親しかった貴族のカルロ・インボナーティとともにパリへ出て同棲(どうせい)した。1801年、フランス革命の思想に鼓吹された短詩『自由の勝利』を書く。1805年には、当時の上流子弟の常でもあったが、パリへ赴き、5年にわたって母親と暮らした。同地で書いた詩『カルロ・インボナーティの逝去に際して』(1806)は、若きマンゾーニの詩才を証(あか)すものであった。マダム・コンドルセの文芸サロンをはじめ、大革命後の「啓蒙(けいもう)主義的」文化環境と実りある接触を果たし、なかでもロマン主義の推進役であった歴史学者のフォリエルClaude Fauriel(1772―1844)とは、その後も長く続く親交をもった。
 1807年に父を失ったあと、1808年2月、ジュネーブの実業家の息女で17歳のエンリケッタ・ブロンデルと、同家の宗旨であるカルバン派の祭式にのっとって結婚するが、この結婚は、彼のいわゆるカトリックへの「回心」を誘発する生涯の転回点となった。若年からカトリック教義には冷淡で無関心なマンゾーニであったが、パリ滞在中のジャンセニスムの神父デーゴラとの対話と、また第1子が教会で洗礼を受けたことから、10年2月に夫妻は改めてカトリック教会で結婚式を挙げ直した。若い敬虔(けいけん)な妻はカトリックへ帰依(きえ)した。こうして10年にはマンゾーニの「回心」が行われたというのが、なお不明な点を多く残しながらも定説となっている。この「回心」によって、彼は信仰を獲得したというよりも、人生と文学に対して己の拠(よ)って立つ基盤を確保した。10年に母を伴って故国へ帰ってからは、ミラノで、あるいはインボナーティの残したブルスーリオの別荘で、俗界とは没交渉の静穏な生活を送り、勉学と創作と出版とにすべてを傾けた。
 1812年から27年にかけては、主要な作品のあらかたを創作した、もっとも豊饒(ほうじょう)な歳月であった。すなわち、「回心」の端的な証拠たる『聖頌(せいしょう)』のうちの4編(1812~15)、歴史ものの詩悲劇の傑作2編『カルマニョーラ伯爵』(1820)および『アデルキ』(1822)、2編の頌詩(しょうし)『1821年3月』およびナポレオンの死に材をとった『5月5日』(1821)、さらに「A・マンゾーニによって発見され書き直された17世紀のミラノの物語」という副題をもち、『婚約者』のタイトルで世界の文学史にマンゾーニの名をとどめることになる大作の前身にあたる歴史小説の構想と初稿の完成(『フェルモとルチーア』1821~23執筆)をみたほか、護教の書『カトリック倫理に関する考察』(1818~19)、ダゼリオ侯爵宛(あ)ての書簡の形をとった『ロマン主義について』(1823)といった作品の数々である。
 1827年に『婚約者』の第一版を上梓(じょうし)したあとフィレンツェへ行き、レオパルディ、カッポーニGino Capponi(1792―1876)ら当時の偉大な文学者の面々を識(し)った。また、27年来の知己である聖職者で哲学者のアントーニオ・ロズミーニAntonio Rosmini-Serbati(1797―1855)から思想的に深い影響を受けたことも見逃せない。マンゾーニの文学活動は、『婚約者』の好評と作者に対する敬意との高まりに反して年とともに乏しくなり、かわって哲学的、批評的、言語的な関心が比重を増してくる。『フェルモとルチーア』以来、27年の第一版刊行を経て、分冊で決定版が刊行される40~42年まで、もっぱら歴史小説の考究と『婚約者』の言語の見直しに彼は専心する。実生活においては、1833年に妻エンリケッタを、41年には母を失い、また8人の子供のうち6人は早世、そして2人目の夫人が61年に没するなど、その晩年は打ち続く死の影に覆われていた。61年、統一なったイタリア王国の上院議員という栄えある地位に任ぜられた彼は、トリノでの第1回議会に病を押して出かけたが、実際の行動に奔走しながら亡命地のロンドンで野垂死(のたれじに)のように倒れたフォスコロに比すとき、この行動は、イタリア統一を推し進めた指導者層から一種の知的シンボルとして敬されたカトリック自由主義者、「国民作家」マンゾーニの位置と役割を物語るものであった。73年5月22日ミラノで死去した。[古賀弘人]
『平川祐弘『いいなづけ』(1989・河出書房新社) ▽ナターリア・ジンツブルグ著、須賀敦子訳『マンゾーニ家の人々』(1988・白水社)』

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精選版 日本国語大辞典

マンゾーニ
(Alessandro Manzoni アレサンドロ━) イタリアの劇作家・小説家。近代的愛国精神とキリスト教精神を統合した作品を書いた。代表作は、小説「婚約者」。(一七八五‐一八七三

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