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ミハイル ゴルバチョフ

367日誕生日大事典

ミハイル ゴルバチョフ
生年月日:1931年3月2日
ロシアの政治家

出典:日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」
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それぞれの項目は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

現代外国人名録2016

ミハイル ゴルバチョフ
Mikhail Sergeevich Gorbachev
職業・肩書
政治家 ロシア社会民主主義者同盟議長,ゴルバチョフ基金総裁 元ソ連大統領,元ソ連共産党書記長

国籍
ロシア

生年月日
1931年3月2日

出生地
ソ連ロシア共和国スタブロポリ州プリボルノエ村(ロシア)

学歴
モスクワ大学法学部〔1955年〕卒,スタブロポリ農業大学(通信制)〔1967年〕卒

勲章褒章
ドイツ特別大十字功労勲章〔1999年〕, チェコ国家勲章〔1999年〕, 聖徒アンドレイ・ペルボズバンニー勲章(ロシア国家勲章)〔2011年〕

受賞
ノーベル平和賞〔1990年〕,モンデーロ国際文学賞審査委特別賞〔1988年〕「ペレストロイカと新しい発想」,アルバート・アインシュタイン平和賞〔1990年〕,マーティン・ルーサー・キング平和賞〔1990年〕,マン・オブ・ヒストリー賞〔1990年〕,フランクリン・D.ルーズベルト自由メダル〔1990年〕,フィユジ賞(イタリア)〔1990年〕,オットー・ハーン金メダル(ドイツ)〔1990年〕,シュヴァイツァー賞(米国)〔1992年〕,ベルリン名誉市民〔1992年〕,グラミー賞(最優秀児童向け朗読アルバム賞,第46回)〔2004年〕「ピーターと狼/狼のたどる道」

経歴
1952年ソ連共産党に入党。’70年にソ連最高会議代議員となり、’85年3月党書記長、’88年10月には最高会議幹部会議長に就任し、党と国家の全権を握る第一人者となる。国内では“ペレストロイカ”(改革)に励み、外交にあっては“ノーボエ・ムイシュレーニエ”(新思考)を旗印に新しいイニシアチブを打ち出す。’89年5月、新しい最高議決機関である人民代議員大会で新設の最高会議議長に選出され、内政、外交、国防の実質統括権を持つソ連の最高指導者となる。同月約30年間きしみ続けた中国との関係正常化実現のため訪中。また同年12月、クレムリンの最高指導者として初めてバチカンを公式訪問し、ローマ法王・ヨハネ・パウロ2世と会見した。さらに同月ブッシュ米大統領と歴史的な“マルタ会談”を行う。’90年3月大統領制を導入し初代大統領に就任。12月憲法改正と大規模な政治機構改革を断行。同年ノーベル平和賞受賞。’91年4月ライサ夫人と初来日。同年8月19日軍部・保守派のクーデターにより失脚するが、3日後復権。しかし、24日共産党書記長を辞任、ソ連共産党中央委員会の解散を勧告し、ソ連共産党の実質的解体を宣言した。さらに同年12月ソ連邦が解体するとともに大統領を辞任。’92年ゴルバチョフ基金を創設し、総裁に就任。同年より「ニューヨーク・タイムズ」等世界の有力紙で言論活動を開始。’93年環境保全のための国際的非政府団体・国際緑十字初代会長に就任。’96年6月のロシア大統領選に出馬するが落選。2000年2月中道路線の統一ロシア社会民主党を創設、同年3月党首に就任。2004年5月政界引退。同年クリントン元米国大統領、女優のソフィア・ローレンと共に児童向けアルバムの朗読でグラミー賞を受賞。2007年ロシア政治の改革をめざす団体“社会民主主義者同盟”の議長に就任。

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