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ミュンスターバーグ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ミュンスターバーグ
Münsterberg, Hugo
[生]1863.6.1. ダンチヒ(現グダニスク)
[没]1916.12.16. マサチューセッツ,ケンブリッジ
ドイツ生れのアメリカの心理学者,哲学者。 W.ブントのもとで学び,さらにハイデルベルク大学で医学を修めた。フライブルク大学講師を経て,1892年ハーバード大学客員教授,97年正教授。応用心理学の創始者の一人で産業,教育,医学,法律などの領域に心理学を導入することに努めた。哲学では新カント派に属する。主著『実験心理学寄与』 Beiträge zur experimentellen Psychologie (1889~92) ,『価値の哲学』 Philosophie der Werte (1908) ,『心理学と産業能率』 Psychology and Industrial Efficiency (13) ,『精神工学綱要』 Grundzüge der Psychotechnik (14) 。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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世界大百科事典 第2版

ミュンスターバーグ【Hugo Münsterberg】
1863‐1916
ドイツの医者,心理学者。ライプチヒ大学,ハイデルベルク大学に学んだのち,1888年からフライブルク大学で教職につき,実験心理学に関してすぐれた業績をあげた。92年W.ジェームズによってハーバード大学に招かれ,教授に就任した。幅広い活動をおこなったが,応用心理学の発達に寄与し,また自ら医者として精神療法も試みた。【小見山 実】

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

ミュンスターバーグ
みゅんすたーばーぐ
Hugo Mnsterberg
(1863―1916)
ドイツおよびアメリカで活躍した心理学者。ドイツのダンツィヒ生まれ。W・ブントのもとで学位をとったが、ブントの考えには反対であった。その後ハイデルベルクで医学の学位をとり、フライブルクで心理学の助教授となる。当時はアカデミックな実験心理学者であり活発な活動をしていたので、アメリカのハーバード大学のW・ジェームズの目にとまり、実験心理学担当の教授として同大学に招かれた(1892~1916)。しかし、アメリカの風土は、まもなく彼の関心をアカデミックな実験心理学から応用心理学の方向に大きく転換させた。1908年には『証人席の上で』を書き、証言の信頼性と血圧との関係を示唆したのをはじめ、1909年には『心理療法』を、1910年には『心理学と教師』を発表。また1913年には『心理学と産業能率』を、1914年には『心理学・一般的および応用的』『心理学と社会的正気』を書き、司法、医学、教育、産業、社会秩序などへの心理学の応用を提唱した。[宇津木保]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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