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ミロシュ・オブレノビッチ1世【ミロシュ・オブレノビッチいっせい】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ミロシュ・オブレノビッチ1世
ミロシュ・オブレノビッチいっせい
Miloš Obrenović I
[生]1780.3.18. スレドニアドブリニヤ
[没]1860.9.26. トプチデル
セルビア公 (在位 1815~39,58~60) 。オブレノビッチ家開祖。農民出身。カラジョルジェ・ペトロビッチ首領とする第1次セルビア蜂起に参加 (04~13) して頭角を現し,カラジョルジェ亡命後第2次蜂起 (15~17) を指導した。ロシアの圧力を利用してオスマン帝国と妥協,亡命先から帰国したカラジョルジェを暗殺 (17) 。露土戦争 (28~29) では中立政策をとり,オスマン帝国から公としての地位を認められ自治権を獲得 (30) ,南方領土を拡大 (33) 。国内では商業振興,軍隊改革,学校設立,交通網整備,小農育成などに功績をあげた。しかし独裁的な統治に対する反対が強まり,子ミランに公位を譲ってルーマニアの所領に引退。 20年後カラジョルジェビッチ家の親オーストリア政策に対する反対世論が高まると迎えられて公位に復帰したが,1年余で。その政策は冷酷で専制的であったが,鋭い現実感覚に支えられていた。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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