@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

モア

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

モア
More, Hannah
[生]1745.2.2. グロスターシャー,ステイプルトン
[没]1833.9.7. ブリストル
イギリスの女流劇作家,小説家,社会運動家。名優ガリック夫妻と親交があり,その作品はガリックによって上演された。 E.R.モンタギューを中心とする才女のグループ「ブルーストッキング」の一員で,貧民救済に尽し,政治パンフレットでも知られる。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

モア
More, Henry
[生]1614.10.12. グランサム
[没]1687.9.1. ケンブリッジ
イギリスの哲学者,宗教詩人。ケンブリッジ・プラトニストの一人。ケンブリッジ大学の学生時代にプラトンおよび神秘主義者 J.ミードの著作に接し決定的な影響を受けた。当初はデカルト支持者でデカルトとの往復書簡も残されているが,のちにその機械論的自然観が無神論にいたるとして反対し,J.ベーメなどの影響からカバラ哲学に向った。その空間論はニュートンに影響したといわれる。主著"Psychozoia Platonica or a Platonicall Song of the Soul" (1642) ,"An Antidote against Atheism" (53) ,『倫理学便覧』 Enchiridion ethicum (67) ,『形而上学便覧』 Enchiridium metaphysicum (71) 。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

モア
More, Paul Elmer
[生]1864.12.12. セントルイス
[没]1937.3.9. ニュージャージー,プリンストン
アメリカの批評家,古典学者。ワシントン大学卒業。ハーバード大学などでサンスクリット語と古典文学を教えたのち,1901年ジャーナリズムの世界に入り,『ネーション』誌の主幹 (1909~14) をつとめた。バビットとともに「新ヒューマニズム」を唱え,ロマン主義,自然主義を排して,伝統,古典的教養,倫理性の必要を説き,メンケンらと活発な論争を展開した。主著『シェルバーン・エッセーズ』 Shelburne Essays (11巻,04~21) ,『ギリシアの伝統』 The Greek Tradition (5巻,21~31) ,『絶対の悪魔』 The Demon of the Absolute (28) 。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

モア
More, Sir Thomas
[生]1478.2.7. ロンドン
[没]1535.7.6. ロンドン
イギリスの人文主義者,政治家。裁判官の子に生れ,オックスフォード大学に学んだのち,ロンドンで法律を修めた。裁判官,次いで政治家として活動するかたわら,古典を研究し,エラスムスらルネサンス期の人文主義者と親交を結び,エラスムスの『痴愚神礼賛』はモアの家で執筆された。国王ヘンリー8世の信任厚く,1529年大法官となったが,国王の離婚問題に関して教会の側に立ったため,王の不興を買い 32年辞任。のち反逆罪に問われ処刑された。 1935年カトリック教会によって聖人の列に加えられた。共産的理想社会を描いたラテン語の著作『ユートピア』 Utopia (1516) が代表作。ほかに『リチャード3世の生涯』 The History of Richard III (14頃) ,カトリックの立場からする宗教論争書がある。イギリス・ルネサンス黎明期の中心人物。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

モア
Dinornithiformes; moas
モア目の総称。かつてニュージーランドに生息していたが,14世紀にはほとんど絶滅していたと考えられている。遺物調べ,以前は雌雄や生息時期により大きさが異なるものは異種とみなされ,20種以上もいたと考えられたが,発見されている遺伝子による研究から,今日では 3 9種に分類されている。最大のものは頭高 3.6m,最小のものでもシチメンチョウぐらいの大きさであったと推定されている。が退化して飛翔力はなく,強大な脚をもっていた。モアという名は,先住民のマオリ族言語である。マオリ族が盛んにこの巨大な鳥を狩っていたことや,生息環境を破壊したことが絶滅の一因とされる。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

モア(moa)
ダチョウ目モア科の絶滅鳥。ニュージーランドから約30種についての化石が知られ、大形のものは体高約3.5メートル。ダチョウに似て、飛べない。17、8世紀まで生存していた。恐鳥

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

モア(more)
多く複合語の形で用い、もっと多く、いっそう、のを表す。「モアチャンネル(=CATVによる多局受信)」

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

モア(Thomas More)
[1478~1535]英国の政治家・思想家。エラスムス親交をもち、1516年、理想的国家像を描く「ユートピア」を発表。のち、大法官に任ぜられたが、カトリック教徒の立場からヘンリー8世の離婚に反対し、投獄、処刑された。トマス=モア。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉プラス

モア
株式会社資生堂が販売する香水ブランド名

出典:小学館
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

モア【moa】
ダチョウ目(またはモア目)モア科Dinornithidaeの鳥の総称。キョウチョウ(恐鳥)ともいう。この科は,大きさやくちばしの形が異なる6属約19種からなり,ニュージーランドの南北両島に限って生息していたが,おそくとも19世紀の初めころまでにはすべての種が絶滅した。モアは,マオリ族がつけた名といわれる。一見エミューに似た大型の走鳥類で,最大種Dinornis maximusは頭高約3m,体重250kgに達したと考えられている。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

モア【Hannah More】
1745‐1833
イギリスの女性作家。ブリストル近郊の慈善学校長の娘。ロンドンへ出て,俳優D.ギャリックの世話を受け,E.バークやS.ジョンソンおよび〈ブルーストッキング〉の女性たちと交わり,戯曲を創作した。しだいに福音派の運動にひかれ,社会および宗教の改革を志して多くの論文を発表。改革運動のための小冊子《廉価パンフレット》(1795‐98)の企画は全国的支持を受け,〈宗教小冊子協会Religious Tract Society〉創立(1799)のとなった。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

モア【Henry More】
1614‐87
イギリスの哲学者,詩人。プラトン哲学の神秘的局面を強調するケンブリッジ・プラトン学派の代表的人物で,カバラ研究家としても重要。初めデカルトの哲学に傾倒していたが,やがてその心身二元論が機械的自然観や無神論に人を導くことを見抜き,イデアの実在性と魂の不死性を根拠にデカルトに論戦を挑んだ。デカルト哲学の制覇とともに,彼の哲学は時代から取り残されていったが,その形而上学的な心境は詩として残され,J.ウェスリーやS.T.コールリジなど後世の宗教家,文学者に多大の影響を与えている。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

モア【Thomas More】
1477‐1535
イギリスの人文主義者,政治家。ロンドンの法律家の子として生まれ,国王の側近であったカンタベリー大司教ジョン・モートン家に小姓として生活するあいだに,カトリックの正統的教義の基本を習い,また訪問客を通じて政治の世界に眼を開かれた。オックスフォードに進学してルネサンス人文主義の新学問に触れたが,父の意志により中退してロンドンのリンカン法学院に移る。この時期にカルトゥジア会での修道生活も経験し,聖俗いずれの道に進むか悩むが,結局は弁護士の道を選び,エラスムスやJ.コレットなどの人文主義者との交友も続ける。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

精選版 日本国語大辞典

モア
〘名〙 (moa) ダチョウ目モア科の絶滅した鳥の総称。ニュージーランドに生存していたダチョウに似た走鳥類で、約二〇種ほどいたと推定される。大形のものでは体高が三メートルもあった。最後の種は一九世紀初頭まで生き残っていたと考えられる。恐鳥。

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

モア」の用語解説はコトバンクが提供しています。

モアの関連情報

関連キーワード

クルムスティツィング片山北海聖パトリック大聖堂ファン・スイーテンボネオーストリア継承戦争ハプスブルク家ビターリ(父子)

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation