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モザンビーク

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

モザンビーク
Moçambique
正式名称 モザンビーク共和国 República de Moçambique。
面積 79万9380km2
人口 2736万(2017推計)。
首都 マプト

アフリカ大陸南東部の国。独立まではポルトガル領東アフリカと呼ばれていた。北はタンザニア,マラウイ,ザンビア,西はジンバブエ,エスワティニ,南アフリカ共和国と国境を接し,東はインド洋モザンビーク海峡に臨む。北部と,西部のジンバブエとの国境沿いは山がちであるが,沿岸地方には平野が広がる。中央部をザンベジ川が,南部をリンポポ川がそれぞれ南東流してモザンビーク海峡へ注ぐ。国土の約 4分の3は高原サバナで,気候はザンベジ川以北では 10月~3月が高温多湿の雨季,4~9月が冷涼乾季であり,同川以南は季節は明瞭でない。高度の高い内陸部は比較的温和である。沿岸部には古くからアラブ人が居住していたが,1498年バスコ・ダ・ガマモザンビーク島に上陸,以来ポルトガル人が進出し,1875年にはローレンソマルケス湾(現マプト湾)のポルトガル領有権が確立,その後,沿岸部から内陸部へとポルトガルの支配が広がった。1891年にイギリス領のニアサランド(現マラウイ),北ローデシア(現ザンビア),南ローデシア(現ジンバブエ)および南アフリカ共和国との境界が画定した。1942年にはポルトガル直轄地,1951年にはポルトガルの海外州の一つとなった。1964年以降北部を中心に独立運動が起こり,激しい独立戦争の末,1974年9月ポルトガル政府とモザンビーク解放戦線の間で独立交渉がまとまり,解放戦線を中核とする暫定政府が発足,1975年6月に人民共和国として独立した。以後解放戦線による一党独裁が続いたが,1989年マルクス主義を放棄,1990年複数政党制を導入して共和国となった。しかし反政府ゲリラの破壊工作などで大量の難民が生まれている。主産物はカシューナッツ,砂糖,綿花サイザルアサ,チャ(茶),木材,ココナッツ製品など。石炭が採掘されているが,未開発の鉄鉱石,ボーキサイト,マンガン,ダイヤモンド,石綿などの鉱脈が発見されている。マプトを中心に近代的工業がみられる。住民の大部分はバンツー系(→バンツー諸語)のアフリカ人。公用語はポルトガル語だが,多くのバンツー方言が用いられている。

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モザンビーク
Moçambique
モザンビーク北東部,インド洋にのぞむ港湾都市。ケリマネ北東約 500km,本土から約 5km沖合いにあるサンゴ礁小島に位置。かつてはアラブ人の居住地であったが,1498年バスコ・ダ・ガマ到来,1508年ポルトガル人が植民し,聖セバスチャン要塞を建立。 1907年までポルトガル領東アフリカの首都であった。 16世紀に建てられた古い家並みが残る。商業中心地で良港もちトウモロコシ,綿花,ナンキンマメ,コーヒー,タバコ,木材,サイザルアサなどを積出す。人口3万 7773 (1986推定) 。

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朝日新聞掲載「キーワード」

モザンビーク
1975年にポルトガルから独立。92年に内戦が終結した。世界最貧国の一つといわれたが、石炭、天然ガス田の発見で外国からの投資が活発化し、経済的に注目を集める。世界銀行などによると、2011年の国内総生産(GDP)成長率は7・1%で、01年以降6%以上の成長率を維持する。人口2450万人の約8割が農民で、1人あたりのGDPは533ドル(11年)。
(2013-05-29 朝日新聞 朝刊 2外報)

出典:朝日新聞掲載「キーワード」

世界大百科事典 第2版

モザンビーク【Mozambique】
正式名称=モザンビーク共和国República de Moçambique面積=81万2379km2人口(1996)=1787万人首都=マプトMaputo(日本との時差=-7時間)主要言語=ポルトガル語,マクア・ロムウェ語,スワヒリ語通貨=メティカルMeticalアフリカ南部,インド洋に面する国。旧ポルトガル領東アフリカで,1975年6月25日独立した。国旗は右上より斜めに緑(国土),赤(革命),黒(アフリカ大陸),(地下資源)の4色より成り,それぞれの間に白線が入っている。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

大辞林 第三版

モザンビーク【Mozambique】
アフリカ南東部、インド洋に臨む共和国。カシューナッツ・綿花・小麦などを産出。1975年ポルトガルから独立。住民はバンツー系黒人。主要言語はポルトガル語。首都マプート。面積80万2千平方キロメートル。人口1980万( 2005)。正称、モザンビーク共和国。

出典:三省堂
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精選版 日本国語大辞典

モザンビーク
(Mozambique) アフリカ大陸南東部にある共和国。モザンビーク海峡に面する。一六世紀中ごろにポルトガルの支配下にはいり、一九七五年独立。農業が主。首都マプト(旧称ロレンソ‐マルケス)。

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社世界史事典 三訂版

モザンビーク
Mozambique
アフリカ大陸南東部の沿岸地域および共和国の名称。首都マプート
紀元前後からアラブ人による交易で開け,その後イスラーム商人の来航が多く,イスラーム圏の南端をなしていた。15世紀末にポルトガルのヴァスコ=ダ=ガマがインドに向かう途中,沿岸を占領し,以後ポルトガルの植民地経営が奴隷貿易を中心に本格化。1962年にモザンビーク解放戦線が結成され,64年から武力闘争を開始し,75年6月に独立を達成した。独立以来,社会主義路線を採用したが,1981年ころから南アフリカ共和国の支援を受けた民族抵抗運動との内戦が開始。内戦と干ばつで経済が悪化するなか,1990年に複数政党制を導入する新憲法を発効し,国名もモザンビーク人民共和国からモザンビーク共和国に変更。1992年,政府と民族抵抗運動が和平協定に調印し,内戦が終了。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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