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モデナ公国【モデナこうこく】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

モデナ公国
モデナこうこく
Ducato di Modena
エステ家がイタリア中部に領有した公国 (1452~1860) 。 1452年エステ家のボルソが神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世からモデナ公の称号を与えられて成立した。 16世紀を通じてエステ家と教皇との紛争が絶えず,1598年にフェララが教皇領に奪われることになったが,この結果としてエステ家の本拠がモデナに移され,文芸の庇護に熱心であったエステ家によりモデナの文化,建築が活発となった。 17世紀は比較的平穏に過ぎたが,18世紀前半にフランスとオーストリアにたびたび占領された。 1796年フランス軍の侵入後チスパダーナ共和国,次いでチザルピーナ共和国に編入されたが,ウィーン会議によってハプスブルク系エステ家フランチェスコ4世のもとでの再興が認められた。 1831年にカルボナリ派 (→カルボナリ結社 ) の立憲革命が起り,48年革命を経験したあと,59年 L.ファリーニが独裁権を掌握したため,最後のモデナ公フランチェスコ5世はマントバに逃れた。 60年3月の住民投票でサルジニア王国への併合が決り,公国は消滅した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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