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モルドバ公国【モルドバこうこく】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

モルドバ公国
モルドバこうこく
Principat moldovean; Principality of Moldova
14世紀中頃ルーマニア東部に建国され,1859年隣接するワラキア公国と合併,同国とともにルーマニアの基となった公国。モルダビア公国とも呼ばれる。古代はダキア州の一部としてローマ帝国の支配を受けていた。その後,ヨーロッパへのルートにあたるため,多くの民族の侵入を受けたが,やがてワラキア人が居住するようになり,10~11世紀にはキエフ公領,ハンガリー領となり,1359年頃ボグダン1世の統治する公国となった。大公ステファン3世 (在位 1457~1504) のとき最盛。その後衰退しポーランドに従属,次いでオスマン帝国に朝貢 (13) 。ワラキア公国ミハイ勇敢公 (在位 58~1601) のときワラキアに合併されたが,まもなく両国ともオスマン帝国の支配下に入り,宮廷のかいらいであるギリシア人特権階級ファナリオテスの支配するところとなった。オスマン帝国衰退後はロシアがこの地に進出。 1812年のブカレスト条約によって,モルドバの一部ベッサラビア地方はロシアに割譲された (のちのモルダビア=ソビエト社会主義共和国。現モルドバ) 。ロシアの保護下に,31年ワラキア,32年モルドバに「レグルマーン・オルガニク」と呼ばれる暫定憲法がしかれた。その後,反ロシア,反トルコの民族運動が起ったがいずれも失敗。クリミア戦争 (1853~56) 後のパリ条約で両公国統一が提案され,59年ルーマニアという国名のもとに両公国合併。 61年ルーマニア公国となり,初代ルーマニア公に A.クーザが選ばれた。 81年ルーマニア王国となり,初代国王にカロル1世が即位した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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