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モルドバ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

モルドバ
Moldova
正式名称 モルドバ共和国 Republica Moldova
面積 3万3843km2
人口 392万7000(2011推計)。
首都 キシニョフ

ヨーロッパ東部の内陸国。西はルーマニアと,他の三方はウクライナ国境を接する。国土は東のドネストル川と西のプルト川にほぼ挟まれて位置し,大半は丘陵性の平原からなる。中央部に最も高い丘陵(最高点 429m)がある。気候は比較的温暖で,平均気温は 1月-5~-3℃,7月 20~23℃。年降水量は北部で 560mm,南部で 300~400mmである。北部が森林ステップ地帯,南部はステップ地帯に属し,森林面積は少ない。国土の 3分の2がチェルノゼムからなり,肥沃である。住民の約半数がモルドバ人,ほかにはウクライナ人,ロシア人などがいる。またガガウズ人(トルコ系)もおよそ 4%を占める。国土の大半は歴史的にベッサラビアと呼ばれる地域で,その領有をめぐり,古来多くの変遷をみた。1918年ベッサラビアがルーマニア領となったのち,ソビエト連邦領として残った小地域に 1924年モルダビア自治ソビエト社会主義共和国成立。これに 1940年返還されたベッサラビアを加えてモルダビア=ソビエト社会主義共和国が形成された。1991年5月現国名に改め,8月独立して 12月に独立国家共同体 CISに参加。1992年国際連合加盟。ガガウズ人,ロシア人の民族問題を抱えている。特にロシア人が多数を占める東部ドネストル地域(→沿ドニエストル共和国)の 1990年の分離独立宣言は,内戦に発展した。農業が盛んで,果樹栽培地帯になっている。また,工芸作物はテンサイ,タバコ,香油採取作物の栽培に特化している。ブドウ,砂糖,ワイン,果実缶詰,油脂を特産。主産業は工業で,食品加工が中心であるが,機械(トラクタ,冷蔵庫),繊維,化学(染料,ゴム製品,医薬品)などの工業がキシニョフ,チラスポリベリツイなどで発展している。主要交通機関はキシニョフ,ベリツイを中心に放射状に延びる鉄道,ハイウェーで,ドネストル川,プルト川では水運が行なわれる。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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モルドバ
Moldova
ルーマニア東部の地方,歴史的名称。モルダビア Moldaviaともいう。カルパート山脈から隣国モルドバとの国を流れるプルト川にかけて広がる地域をさす。1940年以前はブコビナベッサラビアも含んでいた。14世紀中頃モルドバ公国となり,その後たびたびロシア,トルコなどの侵略を受けたが,1859年ワラキア公国と統合,1861年ルーマニア公国と改称。中世にはスチヤバが首都であったが,のちヤシが首都となり,政治,文化,経済の中心地として発展した。スチヤバに残る内部・外部ともにフレスコ画で覆われた 16世紀の聖堂は,北部に点在する同様の 6聖堂とともに 1993年世界遺産の文化遺産に登録。2010年,スチェビツァ修道院の復活聖堂が追加,拡大登録された。(→ルーマニア史

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知恵蔵

モルドバ
モルドバはルーマニア系の住民の多い国で、ルチンスキー前大統領は欧州連合(EU)加盟を戦略目標としていた。2001年4月に独立後初の議会による大統領選挙が行われ、共産党委員長のウラジーミル・ウォロニンを大統領に選出した。そのためモルドバは、一気にロシアに接近するかに見えた。しかし、グルジア政変(バラ革命)に続いて04年末にウクライナで国民の反政府運動が盛り上がり親欧米政権が成立(オレンジ革命)して、ウォロニン大統領は態度を一変させ、サアカシュビリ・グルジア大統領やユーシェンコ・ウクライナ大統領と連携して反ロシア・親欧米の姿勢を明確に打ち出した。親ロ政策を続ければ国民の反政府運動が燃え上がると考えたからである。またウォロニンは「プリドニエストル共和国」からのロシア軍撤退を強く要求している。さらに、05年4月にはGUUAMの首脳会議を積極的に開催し、反ロシアの民主的選択共同体にも加盟した。これに対して06年ロシアはモルドバの主要輸出品であるワインなどの輸入禁止措置で応じ、モルドバは苦しい対応を迫られ、2007年には禁輸解除の交渉が続いた。
(袴田茂樹 青山学院大学教授 / 2008年)

出典:(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」

朝日新聞掲載「キーワード」

モルドバ
旧ソ連から91年に独立を宣言した共和国。国土は九州よりひとまわり小さく、05年の人口は420万人。ソ連崩壊で経済は混乱、国内紛争の影響もあり欧州最貧国と言われることもある。大使館は開設されておらず、日本では在ウクライナ大使館が窓口となっている。
(2007-11-26 朝日新聞 夕刊 2社会)

出典:朝日新聞掲載「キーワード」

世界大百科事典 第2版

モルドバ【Moldova】
ルーマニア北東部の地方名。ロシア語などではモルダビアMoldaviaと呼ぶ。歴史的モルドバは旧モルドバ公国領の地方を指し,それは時代によって若干変化しているが,一般にルーマニア人はシュテファン大公の時代の領土をモルドバとみなしている。それは東カルパチ山脈とドニエストル川にはさまれた地域で,北はブコビナに接し,南は黒海とドナウ川下流までであるが,南西部のワラキアとの境はドナウ川支流のブザウBuzǎu川とさらにその支流のミルコブMilcov川の線とされている。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

モルドバ【Moldova】
東ヨーロッパ、西はルーマニアに、東はウクライナに国境を接する内陸国。共和制。小麦・ブドウなどを産出。ドニエストル川を通じて黒海に出口をもつ。1991年12月ソビエト連邦の解体により独立。住民の多くはラテン系。首都キシニョフ。面積3万4千平方キロメートル。人口420万( 2005)。旧称、モルダビア。正称、モルドバ共和国。

出典:三省堂
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モルドバ【Mordova】
ロシア連邦に属する共和国。ヨーロッパロシアの中央部を占める内陸国。ライ麦・小麦などを産出。首都サランスク。

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精選版 日本国語大辞典

モルドバ
(Moldova) ヨーロッパ東部、バルカン半島北東部の共和国。ルーマニア、ウクライナと国境を接する。一六世紀にトルコの支配下にはいり、一八一二年ロシアに併合、一九二四年ソ連によりモルダビア自治共和国(のちモルダビア社会主義共和国)が成立。九一年独立を宣言。黒土地帯で小麦・ブドウを産する。首都キシニョフ。旧称モルダビア。

出典:精選版 日本国語大辞典
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