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ユーロ危機

朝日新聞掲載「キーワード」

ユーロ危機
ギリシャが2009年秋、財政赤字の実態が予想以上にひどいことを認め、欧州の単一通貨ユーロの信用が低下。欧州連合は昨年5月に国際通貨基金とともに救済に乗り出した。その後、アイルランドも財政破綻(はたん)。ポルトガルなど南欧諸国を中心に財政赤字比率が高い国がまだあり不安は収まっていない。
(2011-04-02 朝日新聞 朝刊 1外報)

出典:朝日新聞掲載「キーワード」

日本大百科全書(ニッポニカ)

ユーロ危機
ゆーろきき

グローバルな金融・経済危機の延長上で、ユーロ圏に発生した経済危機。ギリシアの財政スキャンダルの発覚を契機に発生し、同国のデフォルトへの懸念、さらに救済をめぐる意見対立から、ギリシアがユーロ圏からの離脱を余儀なくされる可能性、さらには、アイルランドやポルトガルなどの国々も同様の事態に陥ることにより、ユーロ圏が最終的に瓦解(がかい)する可能性が取りざたされた。きっかけがギリシアの財政破綻であったことから、規律を欠いた放漫な財政運営がもたらした危機、すなわちソブリン危機としてとらえられることも多い。しかしユーロ危機は、深刻な信用不安、銀行危機も伴っており、複合的な要因によって発生した危機といえる。

[星野 郁 2018年11月19日]

総論

ユーロ導入(1999)後、ヨーロッパの大手銀行は、ユーロ圏内のクロスボーダー(国際間)の金融取引を著しく拡大させ、経済統合の停滞とは対照的に、ユーロ圏内の金融統合は飛躍的に進展した。さらにヨーロッパの大手銀行は、アメリカ市場を中心に積極的な国際展開を図ると同時に、金融デリバティブ取引をはじめ投資銀行業務も積極的に手がけた。米欧ともに長期にわたる低金利政策の継続により、信用・不動産バブルが醸成される状況のもとで、住宅・不動産ビジネスにも深くかかわるようになっていった。

 そして、リーマン・ショック(2008)を契機にグローバルな金融・経済危機が発生するやいなや、ヨーロッパの大手銀行もたちまち巻き込まれ、軒並み破綻の危機に直面することになった。1930年代の大恐慌以来ともいうべき深刻な金融危機によってユーロ圏の実体経済も著しい打撃を受け、経済成長率がマイナスに転じ、失業者も急増した。ユーロ危機の元凶とされる財政赤字も、こうした過程で急増したのであって、ギリシアを別とすれば、グローバルな金融・経済危機発生以前、ユーロ圏諸国にはソブリン危機につながるような巨額な財政赤字は存在していなかった。

 そもそも、ユーロ導入以前から、ドイツを筆頭とするコア諸国と、南ヨーロッパをはじめとする周辺諸国の間には、産業構造やインフラ、研究開発、技術革新等々の面で、著しい競争力の格差が存在していた。にもかかわらず、ユーロを導入すれば経済統合の進展によって経済収斂(しゅうれん)(経済・産業構造の格差の是正、競争力の平準化、景気循環の同期化など)が進み、格差はおのずと縮小すると予想されていた。

 ところが、ユーロ導入後も、経済統合は遅々として進展せず、コア諸国と周辺諸国との間の競争力格差は、時間がたつにつれて拡大した。経済収斂が進まず、景気循環も同期しないため、ヨーロッパ中央銀行(ECB)の設定できる金利水準は一つしかないというジレンマは容易に解消されなかった。そのためユーロ圏の金利水準は、一部の国々にとっては高過ぎる一方、他の国々にとっては低過ぎる状況となり、そのことも不均衡増大の一因となった。

 しかも、危機が発生した後、それがユーロ圏諸国に与えた影響は著しく非対称的であった。ユーロ圏のコア諸国は、危機発生の当初こそ大きな打撃を受けたものの、その後は緩やかな回復に向かい、とくにドイツはひとり勝ちの様相をみせた。他方で、ギリシアをはじめとするユーロ圏の周辺諸国は深刻な打撃を被り、数年に及ぶマイナス成長と失業者の急増に苦しむことになった。しかも、ヨーロッパ連合(EU)からは救済と引き換えに、財政赤字削減のための福祉・社会保障費の削減や公共部門のリストラ・民営化、労働市場の規制緩和等、厳しい緊縮政策が課された。過酷な緊縮政策は、自国政府やEUに対する国民の信頼を傷つけ、反政府・反EU運動の高まりの一因ともなり、ユーロ圏の多くの周辺諸国で政治・社会危機を引き起こした。一方、ドイツを筆頭とするコア諸国の国民も、救済策の成果がいっこうにあがらないことや救済負担の増大に、しだいに不満と怒りを募らせ、ユーロ圏内でコア諸国と周辺諸国の対立が鮮明となった。

 このように、ユーロ危機は、EUの経済・通貨統合戦略、経済通貨同盟(EMU(エミュー))の基本的構造やガバナンス、ユーロ圏における財政・金融政策をはじめとする経済政策の運営、銀行を中心とする金融機関監督規制のあり方、そしてグローバルな金融・経済危機とも深く結びついた複合危機であり、同時にEUならびにヨーロッパ統合の危機でもあった。

[星野 郁 2018年11月19日]

前史

ユーロの導入

ヨーロッパにおける通貨統合の試みは、長い歴史を有する。ユーロの誕生は、それまでのヨーロッパ統合の画期的な成果であり、成功のシンボルであると同時に、政治統合に向けたさらなる統合の深化、より緊密な同盟に移行するための触媒になると期待されていた。経済・通貨固有の領域でも、ユーロは、経済統合の促進を通じて経済成長の促進や雇用の創出をもたらし、ユーロ圏の繁栄と安定に寄与するとみられていた。また、グローバルな次元では、基軸通貨ドルの覇権に挑戦し、対称的な国際通貨制度の構築と、国際金融ビジネスの領域におけるヨーロッパの権益確保につながると期待され、ユーロにはヨーロッパの壮大な夢や理想が託されていた。

 ユーロへの参加には、インフレ率、長期金利、為替(かわせ)レート、財政赤字(対GDP3%以下)、政府債務(対GDP60%以下)に関する五つの収斂基準のクリアが条件に課され、なかでも財政赤字基準のクリアは難関とみられていた。しかしユーロ参加の可否は、最終的には政治的判断にゆだねられることになった。政府債務基準は無視され、財政赤字基準についても、ギリシアやイタリアをはじめ、いくつかの国々が粉飾ないし過少申告していたことがのちに明らかとなった。1998年5月の時点で11か国がユーロへの参加を認められ、1999年1月よりユーロの導入が開始されることになった。

[星野 郁 2018年11月19日]

進展する金融統合と拡大するリスク

ユーロ導入後、ユーロ圏の短期金融市場は速やかに統合されるなど、短期間で金融統合が飛躍的に進展し、ユーロ圏内外のクロスボーダーの金融取引は著しく拡大した。のちに破綻するデクシアDexiaやフォルティスFortisのように、ユーロ圏の複数国にまたがって積極的にビジネス展開する銀行も現れた。またヨーロッパの大手銀行は、住宅・不動産ブームに沸くアメリカを中心に、アジア、中東にも積極的に進出するなど、グローバルなビジネス戦略を展開した。皮肉なことに、ヨーロッパの銀行は、ユーロの誕生にもかかわらず、ドルによる国際金融仲介を著しく増大させ、アメリカのサブプライムローン問題にも深く関与することになった。また、市場性資金への依存を著しく強め、それに高いレバレッジをかけてハイリスクの資産で運用したり、金融デリバティブの積極的なディーリング(金融商品の売買)業務を手がけたりするなど、リスクの高い投資銀行ビジネスへの傾斜が鮮明となった。このようにヨーロッパの銀行のビジネスは、ユーロの誕生とともに大きな変容を遂げ、著しく国際化が進み、リスクテイク(ハイリスク・ハイリターン型の取引)が増大した。それにもかかわらず、これらユーロ圏の銀行の監督は各国の監督当局にゆだねられ、きわめて不十分なものにとどまっていた。

 ユーロ圏では、短期金融市場に続いて資本市場でも統合が進展した。長期金利の指標でもあるユーロ参加国の10年物国債の利回りは、ユーロ圏でもっとも信用力が高く、最低の水準にあるドイツ国債のそれに収斂した。それゆえユーロ圏の周辺諸国は、ユーロ導入以前には考えられなかったような低金利で資金調達が可能となった。

 こうした金融統合の進展、すなわちユーロの導入に伴う為替リスクの消滅やリスク・プレミアムの縮小は、貯蓄余剰を抱える北部ユーロ圏諸国から南ヨーロッパを中心とする貯蓄不足の周辺諸国へ、融資や投資を通じた大規模な資本移動をもたらすことになった。しかし、南ヨーロッパに流れ込んだ資本は、産業構造の高度化や競争力の向上につながる生産的な投資には向けられず、過剰な信用創造を通じて、住宅・不動産・消費ブームを生み、輸入の急増を招いた。ECBもユーロ導入の成功に酔い、インフレが比較的落ち着いていたこともあって、低金利政策を継続し、周辺諸国における信用・不動産バブルの膨張を放置した。ブームの過熱に伴い、周辺諸国では物価や労働コストが増大し、競争力が低下する一方、ドイツは物価や労働コストの抑制に努めたことから、競争力がおのずと改善に向かって貿易黒字が膨らみ、ユーロ圏の経常収支不均衡は急速に拡大していった。

[星野 郁 2018年11月19日]

ユーロ危機の勃発

グローバル金融・経済危機の発生

2007年夏、フランス最大手、ビー・エヌ・ピー・パリバ(BNPパリバ)銀行傘下のミューチュアルファンド(小口資金を分散投資する投資信託の一つ)がアメリカのサブプライムローン関連の証券化商品の運用で大きな損失を出し、投資家からの解約を凍結したと発表した。これにより、ヨーロッパの大手銀行もアメリカのサブプライムローン問題に深く関与していた実態が明らかとなった。このパリバ・ショックを機に、金融市場に動揺が広がり、信用不安からヨーロッパの銀行はドル資金の調達が困難となった。市場性資金に頼った高レバレッジの運用が仇(あだ)となり、資産の取崩しを余儀なくされる一方で、ドル資金を求めて外貨スワップ市場に殺到するなど、ヨーロッパの大手銀行は徐々に追い詰められていった。

 2008年9月にアメリカでリーマン・ショックが発生すると、危機は即座にヨーロッパにも伝播(でんぱ)した。イギリスや中東欧に続いてユーロ圏でも信用・不動産バブルが次々と崩壊した。銀行では資産に巨額の損失が発生する一方、市場からの資金調達が不可能となり、流動性危機ないし債務超過に陥って、システミックな破綻の危機に直面した。

 銀行を中心とする金融機関が深刻な危機に直面するに及んで、ヨーロッパでも大規模な公的資金の注入による救済や中央銀行による巨額の流動性支援が行われた。ドル建て資金に窮したヨーロッパの大手銀行は、アメリカの連邦準備制度理事会(FRB)からも直接、もしくは自国中央銀行のスワップを通じて緊急支援を受けた。危機は実体経済にも深刻な打撃を与え、信用・不動産バブルの崩壊にみまわれた国々はもとより、ドイツのようにそうでなかった国々も、輸出の急減を通じて、急速な景気後退や失業者の急増に直面し、財政収支も急激に悪化した。2009年4月には、グローバル金融・経済危機に対処するためG20(主要20か国・地域)ロンドン・サミットが開催され、2010年末までに総額5兆ドルの大規模な財政出動を行うことで合意をみた。しかしヨーロッパでは、財政出動はもっぱら金融機関の救済にあてられた。景気対策としての規模は小さく、しかもソブリン危機の発生を受けて短命に終わった。

[星野 郁 2018年11月19日]

ギリシア危機からユーロ危機へ

2009年10月、ギリシアで政権交代を機に財政スキャンダルが暴露された。格付け機関が一斉に格下げに動くと、ギリシア国債は暴落し、ギリシア政府は市場から借り換えを含む新規の資金調達ができなくなり、デフォルト懸念が強まった。しかも、ギリシアの救済をめぐってユーロ圏諸国が対立し、ドイツが懐疑的な国内世論を背景に救済に難色を示したことから、「ギリシアがユーロ離脱を余儀なくされ、他の周辺国も同様の事態に追い込まれることにより、ユーロ圏が最終的に瓦解するかもしれない」との懸念が急速に金融市場に広がった。これがユーロ危機の発端となる。

 2010年5月、アメリカのオバマ政権からの強い圧力もあって、ドイツもしぶしぶギリシアの救済に同意し、国際通貨基金(IMF)も交えた第一次金融支援策がまとまった。ユーロ圏諸国からの二国間ベースでの支援や、IMFからの融資を含めて、ギリシアには3年間で総額1100億ユーロが提供されることになった。同年6月には、ユーロ圏の国々に対して暫定的な金融支援を行うための、4400億ユーロの融資枠からなるEFSF(ヨーロッパ金融安定基金)が、EU加盟国を対象とする600億ユーロの融資枠からなるEFSM(European Financial Stability Mechanism、ヨーロッパ金融安定化メカニズム)とともに創設された。支援要請国は、ヨーロッパ委員会(欧州委員会)とECB、IMFの三者から構成されるトロイカの監視のもと、財政再建プログラムの実行を条件に金融支援が受けられることになった。また2011年1月から、危機予防策としてヨーロピアン・セメスターEuropean Semesterが導入され、EUによる財政やマクロ経済・構造改革への監視が強化された。2011年3月には、競争力強化と収斂促進のための、より強固な経済政策の協調を目的としたユーロプラス協定が採択された。続いて2011年12月には、安定成長協定Stability and Growth Pactの強化を目的に、財政赤字と公的債務の監視と制裁措置、マクロ経済不均衡の是正と経済指標スコアボードを規定したシックスパックSix-Packが、2013年1月には、「安定、協調およびガバナンスに関する条約Treaty on Stability, Coordination and Governance」(通称「財政協定」)が、それぞれ施行された。さらに2013年5月には、次年度の予算案の欧州委員会への提出・承認と、過剰な財政赤字を出した国に対する是正措置等(EDP:Excessive Deficit Procedure)を定めたツーパックTwo Packも施行された。

[星野 郁 2018年11月19日]

拡大するユーロ圏諸国間の格差

こうして財政政策の監視や財政規律の強化、金融支援のための制度構築や法整備が進んだ一方で、ギリシアへの第一次金融支援がまとまった後も、ソブリン危機は容易に鎮静化しなかった。それどころか、2010年秋以降、アイルランドやポルトガルなど、他のユーロ圏諸国にも広がる兆候をみせ始めた。アイルランドの場合、不動産投機に走って破綻した大手銀行の救済のために巨額の税金投入が行われたことが、政府の財政収支を著しく悪化させ、ソブリン危機の発生につながった。結局両国は、EFSFに金融支援を仰がざるをえなくなった。

 危機発生以降、時間の経過とともに、危機がユーロ圏諸国の実体経済に与える非対称的な影響も鮮明となった。ドイツ経済は、グローバル金融・経済危機発生の当初こそ、輸出の減少で深刻な打撃を受けたものの、労使と政府の協調のもと、操業時間の短縮や雇用保障を対価とした賃金の引下げ、政府による雇用助成金の交付等により、最悪期をしのいだ。同国の場合、ユーロ導入以降の賃金・物価の抑制努力や、グローバル・サプライチェーン(調達・供給網)への深い食い込みにより、グローバル金融・経済危機後の中国をはじめとする新興国の成長の恩恵も受けて、2010年以降、輸出が急速な立ち直りをみせた。失業率も急速に改善するなど、ユーロ圏でひとり勝ちの様相を呈するようになった。他方、南ヨーロッパを中心とする周辺諸国は、危機以前の労働コストの上昇による競争力の低下に加え、危機発生後は急激な内需の減少にみまわれ、救済と引き換えに課された緊縮政策がこれに追い打ちをかけた。不況がより深刻になるにつれ、失業率はじりじりと上昇した。ギリシアやスペインでは平均失業率が20%を超え、若年層にいたっては50%を超えるなど、ユーロ圏のなかではっきり明暗が分かれることになった。

 そのような状況にあって、金融市場の動揺も容易に収まらなかった。2010年7月には、金融市場の不安解消のため、アメリカの例に倣って、ヨーロッパ銀行監督委員会が大手銀行に対するストレステストを実施したが、合格と判定された銀行が数か月後に破綻するなど、失態を演じた。グローバル金融・経済危機の発生を受けて提出されたド・ラロジエール報告(2009年2月)に基づき、2011年1月には、マクロレベルの安定性と金融システムの健全性の監督を担うヨーロッパシステミック・リスク理事会(ESRB:European Systemic Risk Board)と、ミクロレベルの健全性の監督を担うヨーロッパ監督局(ESAs:European Supervisory Authorities)の傘下に、ヨーロッパ銀行監督局(EBA:European Banking Authority)、ヨーロッパ証券市場監督局(ESMA:European Securities and Markets Authority)、ヨーロッパ保険・企業年金監督局(EOPIA:European Insurance and Occupational Pensions Authority)が設立された。しかし、金融機関の主要な監督権限を依然、各国監督当局にゆだねる分権的なシステムも災いして、危機の悪化に対する有効な歯止めとはならなかった。

 2011年10月には、フランス・ベルギー系の大手銀行デクシアが経営破綻し、それを受けてヨーロッパの大手銀行の格下げが相次ぎ、金融市場での資金調達が困難となった。ヨーロッパの大手銀行にとって大きな痛手となったのは、グローバル金融・経済危機後もドル資金のもっとも重要な供給源であったアメリカの MMF(マネー・マーケット・ファンド)が、一斉に資金の引上げに動いたことであった。同年11月には、ギリシア首相のパパンドレウGeorge A. Papandreou(1952― )、イタリア首相のベルルスコーニが相次いで退陣に追い込まれるなど、南ヨーロッパ諸国の政治不安も危機に拍車をかけた。ヨーロッパの銀行は、流動性の枯渇によるシステミックな破綻の危機にふたたび直面し、リーマン・ショック発生時に勝るとも劣らない深刻な事態に陥った。

[星野 郁 2018年11月19日]

ユーロ危機の転機

スペインへの波及と銀行同盟構想

ヨーロッパの銀行が2011年末に深刻な流動性危機に直面するに及んで、ECBは2011年12月と2012年2月の2回にわたり、LTROs(Long-term Refinancing Operations、長期資金供給オペレーション)を通じて、総額約1兆ユーロの低利の3年物資金の供給を緊急に行った。「最後の貸し手」としてのECBの果敢な行動によって、ヨーロッパの銀行は危うく破綻の危機を免れた。また、ヨーロッパの銀行が当該資金を国債の購入に振り向けたことで、ソブリン危機の鎮静化にも一定の効果があった。

 しかし2012年2月、債務の返済に行き詰まったギリシアが緊急支援を要請し、3月、債権団は約1300億ユーロ相当の第二次ギリシア金融支援を余儀なくされた。5月には、不動産バブルの崩壊によって発生していたスペインの銀行危機が、大手銀行バンキアBankiaの破綻で深刻さを増した。銀行救済のための公的資金の注入がスペイン政府の財政収支を悪化させ、スペイン国債の格下げと国債価格の暴落をよび、保有する国債の損失を通じて再度銀行に打撃を与えるという、銀行危機とソブリン危機のループが鮮明となった。スペイン政府は6月、金融支援を要請せざるをえなくなった。

 スペインの状況を受けて、EUでは、銀行危機とソブリン危機の連鎖を断ち切り、金融の安定化を図る手段として、銀行同盟構想が浮上。2012年6月のヨーロッパ理事会(欧州理事会)で、創設に関して基本的な合意をみた。銀行同盟は、ECBのもとでEUの銀行の一元的な監督を行うSSM(Single Supervisory Mechanism、単一監督メカニズム)と、銀行の破綻処理を担うSRM(Single Resolution Mechanism、単一破綻処理メカニズム)からなり、SSMは2014年11月より、SRMは2016年1月よりスタートすることになったが、単一預金保険制度であるEDIS(European Deposit Insurance Scheme、ヨーロッパ預金保険スキーム)は創設が見送られた。

[星野 郁 2018年11月19日]

「ドラギ・マジック」とキプロス危機

銀行同盟創設の決定にもかかわらず、その後も金融市場の動揺は収まらず、危機はイタリアにも波及する兆しをみせ始めた。イタリアは、信用・不動産バブルの崩壊にはみまわれなかったものの、ユーロ参加以前から巨額の政府債務を抱え、産業の競争力が低下傾向にあり、長期にわたる経済の低迷が続いていたことから、政府の財政赤字や債務残高が増大し、銀行経営状態も悪化していた。

 そのような情勢のもと、2012年7月末にECB総裁のドラギは「ユーロを救うためならなんでも行う」と発言し、後日ECBは、無制限にユーロ圏諸国の国債を買い入れるOMT(Outright Monetary Transaction)プログラムの導入を表明した。同行は、すでにSMP(Securities Markets Programme、証券市場プログラム)を通じてユーロ圏諸国の国債の買入れを行っていたが、ユーロ防衛のために断固たる決意を示した。ドラギの発言を受けて市場の動揺が一挙に収まり、これがユーロ危機の転機となった。いわゆる「ドラギ・マジック」である。10月には、暫定的な金融支援機構であったEFSFにかわり、恒久的な機構としてESM(ヨーロッパ安定メカニズム)も発足し、12月にスペインが最初の支援対象国となった。

 2013年3月、今度はキプロスで銀行危機が発生した。キプロスの大手銀行は、タックス・ヘイブンとしてのキプロスの地位を利用してロシアをはじめ海外から多くの資金を集め、ギリシアを中心に運用していたが、ギリシア危機で巨額の損失を負い、破綻した。すでにキプロスは、2012年6月にEUに対して金融支援要請を行っていたが、ユーログループ(ユーロ圏財務相会合)との合意案(銀行預金に課税することを条件に100億ユーロの金融支援を行う)をキプロス議会が否決したことにより混乱が発生し、一時は銀行の取り付け騒ぎも生じた。最終的には、EU、IMF、ECBとキプロス政府との合意で大口の預金者にも破綻処理費用を負担させることが決まるなど、キプロス危機は協議中であったSRMのあり方にも大きな影響を与えることになった。2013年5月、キプロスはスペインに次いでESMの支援対象国となった。

[星野 郁 2018年11月19日]

銀行危機再発防止に向けた施策

ECBは2013年10月、2014年11月のSSM発足にあわせて、EBAとの協力のもと、ユーロ圏の大手銀行を対象とした包括的資産査定とストレステストを実施すると公表した。これを受けて、遅れていたヨーロッパの銀行の不良債権処理も本格化することになった。2014年10月に公表された結果では、SSMの監視対象となる大手130行のうち、イタリアの9行を最多に25行が資本不足と判定されたものの、ユーロ圏の銀行の健全性が高まっているとして、市場からは好感をもって受け止められた。

 またグローバルなレベルでは、2008年の金融危機発生の後、EUも加わって新バーゼル合意(バーゼルⅢ)の策定が進められていたが、2013年6月の欧州理事会で、バーゼルⅢの自己資本比率規制をEUの法的枠組みに導入する自己資本比率指令(Capital Requirements Directive Ⅳ)が採択された(2014年1月より実施)。2013年12月には、キプロス危機を受けて、銀行の経営破綻に際して公的資金の投入による救済を避け、銀行の株主や債権者、経営者に破綻処理の負担を負わせるBRRD(Bank Recovery and Resolution Directive、銀行再建・破綻処理指令)も採択された(2016年1月より施行)。こうして、危機の鎮静化により、銀行危機再発防止のための一連の規制や法整備が進行することになった。

[星野 郁 2018年11月19日]

デフレ懸念の増大

ECBによる非伝統的金融政策

キプロス危機が収まって以降、ユーロ圏では、経済成長が緩やかに回復し始めた。一方で物価は下落を続け、2015年にはマイナスになるなど、デフレ傾向が鮮明となった。

 ユーロ圏の物価の下落は、2013年初めごろから顕著となっていたが、ECBの利下げの余地は、それ以前の利下げによってすでに狭まっていた。ECBは2013年7月、将来の金融政策の方向性を説明する指針(フォワードガイダンス)の公表によって歯止めをねらったが、その後も物価の下落は続き、同行の目標とする2%のインフレ率の達成は困難になっていった。また、ECBの利下げによって、ドイツをはじめ北部ユーロ圏諸国の貸出金利は低下したものの、イタリアなど南ヨーロッパ諸国の貸出金利は高止まりし、単一通貨圏にもかかわらず、リテール(小口取引)金利の水準が乖離(かいり)する「金融の分断financial disintegration」現象が鮮明となった。これに加え、南ヨーロッパ諸国では銀行による貸し渋りも生じた。

 ECBはこうした状況を打開するため、2014年6月よりマイナス金利を導入した。市中銀行の同行への預け金に対して利子を課すことで、資金を融資に振り向けるよう促すと同時に、ユーロ安への誘導をねらったのである。さらに、資産購入プログラムを通じて本格的な量的緩和にも踏み切った。2014年10月からは資産担保証券と担保付銀行債(カバードボンド)の買入れを、2015年3月からはユーロ圏諸国の国債や政府機関債の買入れを始め、ECBは月額600億ユーロの資金供給を行った。当初同プログラムの期間は2016年9月までとされたが延長され、2018年1月より300億ユーロに減額されて、9月末以降さらに150億ユーロに減額された後、12月末をもって終了する。また、LTORsの終了を受けて、2015年6月からは、融資を行う銀行への資金供給を目的として、期間4年の貸出条件付き長期資金供給オペレーション(TLTORs:Targeted Longer-Term Refinancing Operations)も開始され、2017年3月に終了した。このようにECBは、非伝統的金融政策も駆使しながら、デフレの解消に努めた。

[星野 郁 2018年11月19日]

ギリシア危機の再燃

2015年1月のギリシア総選挙で、反緊縮政策を掲げる急進左派連合(SYRIZA(シリザ))が勝利し、チプラスAlexis Tsipras(1974― )政権が誕生した。6月にチプラス政権は緊縮政策の緩和を求めて債権団との交渉に臨んだものの、決裂し、第二次金融支援も打ち切られた。チプラス政権は7月に国民投票を行い、緊縮政策の見直しに対する国民の支持を得て、債権団との交渉に臨んだが、再度屈服を余儀なくされ、8月に緊縮政策の継続を条件に第三次金融支援を受けることで合意。危機の悪化は回避された。

 これ以降、2016年6月のイギリスの国民投票によるEU離脱(ブレグジット)の決定や、イタリアの銀行危機があったものの、景気拡大が続き、インフレ率も上昇してデフレ懸念は後退した。2017年に入ると、ユーロ圏の経済成長は加速し、アメリカのそれを上回るなど、危機からの回復が鮮明となった。

[星野 郁 2018年11月19日]

残された課題

ユーロ圏はユーロ危機を脱しつつあるものの、最終的な危機の克服までには多くの課題が残されている。

[星野 郁 2018年11月19日]

脆弱(ぜいじゃく)な南ヨーロッパ経済

南ヨーロッパ諸国の経済は、スペインを筆頭に回復傾向にあるとはいえ、成長の基盤は依然脆弱で、銀行が多くの不良債権を抱えると同時に、巨額の政府債務も存在している。また失業率も、低下傾向にあるとはいえ、若年層を中心に依然高水準にある。

 イタリアは、かねてから銀行部門が脆弱であったが、2016年夏以降、同国の総資産規模第3位の大手銀行モンテ・パスキMonte dei Paschi di Sienaをはじめ、数行の経営危機が表面化した。また、巨額の政府債務を抱え、かつBRRDが2016年1月より施行されていたにもかかわらず、2017年夏にイタリア政府は巨額の公的資金を投入し、銀行の救済を図った。銀行危機とソブリン危機のループが断ち切られたとはいいがたい。ギリシアも2017年夏に債務返済に窮し、四度目となる金融支援要請を余儀なくされた。

 他方、同じユーロ圏でも、ドイツやバルト諸国では好景気が続き、不動産バブルやインフレへの懸念も生まれている。ユーロ圏全体をみても、景気回復が進展しているにもかかわらず金融緩和が継続されていることで、リスクテイクの増大による資産価格高騰の兆しがうかがえる。ECBとしては、巨額の政府債務や不良債権を抱える南ヨーロッパ諸国の状況に配慮しなければならないが、インフレや資産バブルの兆候を前に、いつまでも金融緩和を継続するわけにはいかない。しかし、長く緩和を続けた後の引締めは、アメリカ同様、ユーロ圏に新たな波乱をもたらすおそれもある。ユーロ危機の収拾に絶大な貢献を果たしたドラギのECB総裁の任期切れも2019年10月に迫り、次期総裁ならびに執行部は、むずかしい金融政策のかじ取りを余儀なくされるものと予想される。

[星野 郁 2018年11月19日]

棚上げされた銀行の構造改革

銀行同盟の創設をはじめとする、銀行に対する監督規制の強化やバックストップ(安全装置)の拡充により、ユーロ圏の銀行システムが危機への耐性を高めたことは疑いない。いざとなれば、ECBが最後の貸し手として行動することも期待できる。

 しかし、未解決の課題も数多く残されている。「大きすぎて潰(つぶ)せない」、ないしは「複雑すぎて潰せない」銀行の構造改革に関する取り組みは、アメリカでは銀行の高リスク投資を規制するボルカールールの採択につながったが、EUでは放置されたままとなっている。2012年10月には、金融危機の詳細な分析を踏まえ、危機再発防止のために投資銀行業務を銀行業務から分離するよう提言した「リーカネン報告」が欧州委員会に提出されている。しかし、ユニバーサル・バンキング・システム(銀行業務のほか、証券、保険などあらゆる金融業務を遂行する形態)を擁護したいEUの銀行業界と独仏政府の強い反対にあって、事実上棚上げとなった。他方で、すでに述べたイタリアの銀行や、危機発生以前華々しく活躍し「ユーロ圏最強」とみられていたドイツ銀行も、危機後苦境にたたされ、経営不安がくすぶり続けている。イタリアの銀行の場合、同国の競争力の回復と持続的な経済成長なしに経営の抜本的な改善は見込めない。2024年にはSRMの550億ユーロの破綻処理基金の積み立ても完了するが、大手銀行が破綻した際にSRMがうまく機能するのか、不透明である。

 また、ユーロ圏でも金融危機以降、投資会社やヘッジファンドなどのノンバンクが台頭し、金融取引を急速に拡大させている。これらノンバンクに対する監視や規制は、銀行に対するそれと比べて著しく不十分で、緩いものにとどまっている。ノンバンクの攻勢を受けて、危機後強化された監督や規制の再緩和を求める銀行業界からの圧力も強まっている。イギリスのEU離脱を受けて、金融規制の緩さを売りにしてロンドンから金融機関や金融取引を誘致しようとするユーロ圏各国政府の動きも目だっている。次なる危機が起きる可能性はなくなってはいない。

[星野 郁 2018年11月19日]

EMUの完成に向けて

EU当局は、ユーロ圏が不完全で、最終的な危機の克服にはEMUの完成が不可欠であるとして、金融枠組みの統合、財政枠組みの統合、経済政策枠組みの統合、民主的正統性と説明責任の強化の四つを課題に掲げている。

 金融枠組みの統合に関しては、銀行同盟の第三の柱であるEDISの創設による銀行同盟の完成と、銀行同盟を補完する資本市場同盟ならびに両者から構成される金融同盟の創設を通じて、ユーロ圏の金融システムの統合と安定確保が目標に掲げられている。

 財政と経済政策枠組みの統合に関しては、ヨーロッパ経済財務ポスト(欧州委員会副委員長が兼務)の創設や、ユーロ圏諸国における経済安定化、社会的結束、構造改革を支援する固有の財源の創出、さらにESMにかわるヨーロッパ通貨基金European Monetary Fund(EMF)の創設といったユーロ圏の改革案が提示されている。経済収斂と経済成長を促す経済同盟を完成させるため、市場統合戦略の完遂も求められている。

 最後に、危機を通じてEUも厳しい批判にさらされたが、信頼の回復を図るために、民主的正統性や説明責任を強化すべく、機構やガバナンスの改善が求められている。

 要するに、ヨーロッパ統合の推進こそが、ユーロ危機を最終的に克服するための最善の方策とみなされている。

[星野 郁 2018年11月19日]

『ロベール・ボワイエ著、山田鋭夫・植村博恭訳『ユーロ危機――欧州統合の歴史と政策』(2013・藤原書店)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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