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ヨルダン内戦【ヨルダンないせん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ヨルダン内戦
ヨルダンないせん
1970年9月ヨルダン政府と同国内に拠点をもつパレスチナ・ゲリラとの間で戦われた内戦。 67年の六日戦争後,ヨルダン内の難民キャンプに勢力を伸張させていたパレスチナ・ゲリラは,イスラエル国境沿いに基地をつくり,イスラエルへの破壊活動を行い,イスラエルはヨルダン領内への報復攻撃を繰返すなど,ゲリラ活動によってイスラエルとの全面戦争が引起されることをヨルダン政府は懸念していた。 68年 11月と 70年2月,政府軍とゲリラの間で武力衝突が起ったが,フセイン国王は断固とした対応をとれなかった。これを不服とするヨルダン軍参謀長 N.アミルが 70年6月ゲリラ組織の弾圧を唱えて,ゲリラ基地や難民居住地区を攻撃。エジプト,リビア,イラクの仲介で危機は収拾され,その後リビアのトリポリで非公式のアラブ首脳会議が開かれ,ヨルダンの主権とゲリラの活動を両立させることが決議された。この処理は,フセイン国王の威信とヨルダン軍の権威を大きく傷つけるものであり,国王にゲリラ組織弾圧の方針を固めさせた。また同時期にエジプトとヨルダンがロジャーズ提案を受入れたことから,両国ともにゲリラ組織の活動を統制する必要に迫られ,また G.A.ナセル大統領の支持が取付けられたこともあって,ヨルダン政府は領内に戒厳令をしいてゲリラ弾圧に乗出し,内戦へと発展。9月 27日アラブ緊急首脳会議の調停で,カイロ協定が締結され,停戦となった。この戦いの結果,フセイン国王とヨルダン軍の権威は再び確立された。この弾圧に抗議して組織されたのが黒い九月である。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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