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ラシーヌ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ラシーヌ
Racine, Jean
[生]1639.12. ラフェルテミロン
[没]1699.4.21. パリ
フランスの劇作家。 P.コルネイユ,モリエールと並ぶ古典主義演劇の巨匠。ジャンセニズムの牙城ポール=ロワイヤル修道院ですぐれた古典的教養を身につけたのち,人間心理の探究,特に恋愛感情の分析に力点をおいた情熱の悲劇を格調高い韻文で著わした。『アンドロマック』 Andromaque (1667) ,『ブリタニキュス』 Britannicus (69) ,『ベレニス』 Bérénice (70) ,『フェードル』 Phèdre (77) などの悲劇9編,宗教劇『エステル』 Esther (89) ,『アタリー』 Athalie (91) ,唯一の喜劇『訴訟狂』 Les Plaideurs (68) などの作品がある。

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ラシーヌ
Lachine
カナダ,ケベック州南部の都市。モントリオール南西 16km,セントローレンス川のつくるセントルイス湖に面する。もとの集落は,現在のラサールにあったが,20世紀初めに西に移動したもの。鋳造タイヤ針金タイルを生産。 1689年インディアンとの抗争で多くの犠牲者が出たことで知られる。人口3万 5266 (1991) 。

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デジタル大辞泉

ラシーヌ(Jean Racine)
[1639~1699]フランスの劇作家三一致(さんいっち)の法則に立つ厳格な構成、洗練された韻文、巧みな心理分析などによって、フランス古典悲劇を完成した。作「アンドロマック」「ブリタニキュス」「ベレニス」「フェードル」など。

出典:小学館
監修:松村明
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世界大百科事典 第2版

ラシーヌ【Jean Racine】
1639‐99
17世紀フランス古典主義を代表する詩人,劇作家。北フランス,ラ・フェルテ・ミロンの収税官の家に生まれ,2歳のときに母を,4歳のときに父を失う。母方の祖母マリー・デムーランに引き取られ,その家系がジャンセニスムの修道院ポール・ロアイヤル(ポール・ロアイヤル運動)と深い関係があったため,少年期にはこの修道院の学寮で教育を受けた。〈救霊預定説〉に基づく過激な信仰の持主たるポール・ロアイヤルの〈隠士(ソリテール)〉とその信仰は,しばしば弾圧の対象となったが,その教育は同時代のイエズス会学寮の教育と異なり,フランス語を重視し,古典教育もラテン語に限らず,ギリシア語・ギリシア文学を重んじた。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

大辞林 第三版

ラシーヌ【Jean Racine】
1639~1699 フランスの劇作家。フランス古典劇を代表する一人。宿命的な情念に翻弄される女性の心理を的確に描き、韻文の美しさでも最も完成された悲劇を残した。戯曲「アンドロマック」「ブリタニキュス」「ベレニス」「フェードル」など。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

ラシーヌ
らしーぬ
Jean Racine
(1639―1699)
フランス古典悲劇を完成した天才。東部フランスの小村ラ・フェルテ・ミロンで12月29日受洗、塩税官の息子として生まれる。幼時父母を失い、無一文で祖父母に養育された。この境遇のため出世欲が強い。誕生の前年ポール・ロアイヤルの尼僧院を拠点とするキリスト教の一派ジャンセニスム(悲観的宿命論のため異端視された)が弾圧され、父の従兄弟(いとこ)の師で、同派の隠者らが村へ逃れてきた。その縁で、叔母が尼僧になり、1649年祖母も同地に隠棲(いんせい)、孤児のラシーヌは隠者が営む小学院に無償入学し教育され、彼の信仰と芸術に宿命感が刻まれる基となった。53年他の学院へ送られ上級に進み、55年隠者のもとへ戻り、ルメートルAntoine Lemaistre(1608―58)についてギリシアを主とする古典文学を研究、後の取材源となる教養を積み、文学志望を固めた。[岩瀬 孝]

初期の活動

1658年パリで普通教育を修了、親類の縁故で大貴族邸の雑務に従事、文壇に出入りして、ラ・フォンテーヌを知る。60年から61年に書いた2編の悲劇は未上演で、原稿は散逸。ルイ14世の婚礼を祝う長詩で、文壇の長老シャプランに知られる。僧侶(そうりょ)の職禄(しょくろく)を得るため伯父が司教総代理を務める南仏ユゼスに行くが、1件の訴訟が長引き、詩作読書の生活に倦(う)み、63年パリに戻り、『詩神の盛名』などの詩で年金下賜作家表の末席に入る。64年友人モリエールが、ラシーヌの最初の悲劇『ラ・テバイッド』を上演、これは王子兄弟の権力闘争により一族が滅びる悲劇で、暗さと先輩コルネイユの模倣臭とで不評。翌年末、征服者と抵抗者各自の恋を重点とした『アレクサンドル大王』を準備中、モリエール一座が悲劇に不向きと考え、ブルゴーニュ座Htel de Bourgogneに上演させ、モリエール一座の美人女優ラ・デュ・パルクLa du Parc(1633―68)を愛人として引き抜き主演させるという背信を犯した。それにより友交を失うが、作品は歓迎された。66~67年隠者ニコルPierre Nicole(1635―95)が劇作家を非難したのに反発し、恩師らとも決裂する。[岩瀬 孝]

成功と栄光

1667年、トロヤの英雄の未亡人の悲運を描く5幕悲劇『アンドロマック』は、内容に応じた屈折をもつ自然で優美な韻文で、宿命的情念による破滅への進行を内面から描くという新風で大成功した。女優ラ・デュ・パルクの変死後は名女優ラ・シャンメーレLa Champmesl(1642―89)を愛人とし、以後の全作品に主演させる。68年喜劇『訴訟狂』ののち、若き日の暴君ネロと母后の権力闘争を描く『ブリタニキュス』(1670)で政治劇を試み、素材と構成の簡素化に前進した(以上はブルゴーニュ座初演)。70年ラシーヌはローマ皇帝と異国の女王との悲恋という同一主題でコルネイユと競作して勝った『ベレニス』(宮廷初演)で、簡潔な筋立てと宿命感の総合を果たし、ルイ14世の寵(ちょう)を得て下賜金が年々増大する。73年、東方の王父子の反ローマ闘争に恋を絡めた『ミトリダート』が好評。その年アカデミー会員に選ばれる。74年の『イフィジェニー』(宮廷初演)は、ギリシアの遠征軍の陣中で神託の犠牲に指名された王女をめぐり王と勇士が対立する物語で、韻文の諧調(かいちょう)は絶頂に達して成功したが、彼の敵対派も増えた。77年の傑作『フェードル』は、前妻の息子への邪恋に苦しむ王妃を主人公とした悲劇で、反対派の謀略により二流詩人と競作となり不入りに終わった。以後、劇作をやめ旧家の娘カトリーヌ・ド・ロマネCatherine de Romanetと結婚、2男5女をもうける。また王の任命した修史官の職に励み、各地に王と同行する。79年ポール・ロアイヤルへ叔母を訪ねて同派と和解。以後94年、禁圧派の中心パリ大司教に面会して取りなすなどその擁護に努める。[岩瀬 孝]

晩年

1688年、事実上の王妃マントノン夫人の求めで、その主宰するサン・シール女学院の生徒用に、『旧約聖書』に取材した合唱付き3幕悲劇『エステル』を書き、御前上演は好評を博した。91年同じく『アタリー』を御前上演。94年『聖歌』を作詞。94~99年の間に『ポール・ロアイヤル史要』(没後刊1742)を執筆。98年ごろ王の寵が彼から離れ、99年4月21日、パリで肝臓病のため死亡。遺言によってポール・ロアイヤルに埋葬されたが、1711年、パリのサンテティエンヌ教会に改葬された。[岩瀬 孝]
『伊吹武彦・佐藤朔編訳『ラシーヌ戯曲全集』全2巻(1965・人文書院) ▽鈴木力衛編訳『ラシーヌ』(『世界古典文学大系 第48巻』1965・筑摩書房) ▽渡辺守章訳編『ブリタニキュス他3篇』(『ラシーヌ戯曲全集 第2巻』1979・白水社) ▽ジロドウ著、岩瀬孝訳『ラシーヌ論』(鈴木力衛・内村直也訳編『ジロドウ研究』所収・1957・白水社) ▽戸張智雄著『ラシーヌとギリシャ悲劇』(1967・東京大学出版会) ▽スタロバンスキー著、大浜甫訳『活きた眼』(『ラシーヌと視線の美学』所収・1971・理想社) ▽ゴルドマン著、山形頼洋・名田丈夫訳『隠れたる神 第4部』(『ラシーヌ』所収・1973・社会思想社) ▽ニデール著、今野一雄訳『ラシーヌと古典悲劇』(白水社・文庫クセジュ)』

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精選版 日本国語大辞典

ラシーヌ
(Jean Baptiste Racine ジャン=バチスト━) フランスの劇詩人。古典悲劇の代表者の一人。ギリシア悲劇に取材し、激烈な情念によって破滅に至る人間を描いた。作品に「アンドロマック」「ブリタニキュス」「フェードル」など。(一六三九‐九九

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旺文社世界史事典 三訂版

ラシーヌ
Jean Baptiste Racine
1639〜99
フランス古典主義の代表的悲劇作家
コルネイユ・モリエールとともに,ルイ14世時代の三大劇作家のひとりで,古典主義悲劇を大成。代表作『ブリタニキュス』『アンドロマック』など。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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