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ラバル

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ラバル
Laval, Carl Gustaf Patrik de
[生]1845.5.9. ブラーセンボルグ
[没]1913.2.2. ストックホルム
スウェーデンの技術者,発明家。ウプサラ大学卒業。製鋼会社の技師となる (1872) 。 1878年のクリーム分離器,82年の衝動タービンの発明をはじめ,末広ノズル,たわみ軸,やまば歯車の発明や改良によって高速タービン発展の基礎を築いた。 93年船舶用の可逆タービンを製作,96年には蒸気の初圧が約 1540kgw/cm2の高圧動力装置を設計,製作した。 83年に特許を受けたラバル反動タービンは毎分4万 2000回転のスピードを出し,プロペラの先端速度は毎秒 200mに達した。

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ラバル
Laval, François de Montmorency
[生]1623.4.30. モンティニシュルアーブル
[没]1708.5.6. ケベック
カナダにおける最初のカトリック司教。フランス名家に生れ,エブルー教区首席主任司祭を経て,1658年カナダのニューフランス (ヌーベルフランス) の司教兼教皇代理に任じられ,翌 59年ケベックに移る。 63年に設立したケベック神学校は 1852年にラバル大学と改称された。 74年北米の全フランス領を管割下におくケベック司教区が創設され,その初代司教に任じられた。 88年病気のため辞任した。

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ラバル
Laval, Pierre
[生]1883.6.28. ピュイドゥドーム,シャテルドン
[没]1945.10.15. パリ
フランスの政治家。 1903年社会党に入党,09年弁護士として労働組合や左翼陣営を弁護した。 14年社会党から下院議員に当選したが,19年落選。 20年社会党を離党。 24年再選され,25年公共事業相,27年上院議員となってから右傾した。法相,労相などを歴任,31~32年首相兼外相。 34年植民地相,34~35年外相に就任,35~36年首相兼外相としてイタリアとの関係改善に努めた。 36年1月以来下野していたが,フランスの降伏 (1940.6.22.) から 40年 12月まで P.ペタン政権の副首相,42~44年ビシー政府「政府主席」 (首相) となり,対独協力政策を遂行したため内外非難を浴びた。 45年スイス,のちにオーストリア亡命,同年7月末パリでの裁判のため帰国,反逆罪の判決を受け銃殺。

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ラバル
Laval
カナダ,ケベック州南部の都市。モントリオール島の北側に,オタワ川分流で囲まれたイエズス島 (面積 246km2) の全域を占める。この島は,1681年に入植が始り,99年イエズス会に譲渡された。第2次世界大戦後,モントリオールの郊外地として人口が増加し,工業化も進んだ。 1965年に,島内の6市8町が合併して新市を形成した。 60年代に造成された工業団地には,テレビ,ラジオ,石版印刷,製紙アルミニウム,鉄鋼,医薬品,酪農製品などの工場が立地する。人口 40万1553(2011)。

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ラバル
Laval
フランス北西部,マイエンヌ県の県都。レンヌの東約 70km,マイエンヌ川にまたがる都市。左岸に新市,右岸の丘の上に旧市があり,旧ラバル伯の居城 (10世紀創建。現博物館) ,ロマネスク様式身廊をもつ大聖堂 (12世紀) ,ルネサンス様式新城 (16世紀) など多くの史跡が残る。商業中心地。ルネサンス時代に領主により綿布工業が導入されて以来繊維工業が盛んで,製靴皮革,機械,セメントなどの工業もある。画家 A.ルソーの生地。人口5万 3479 (1990) 。

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世界大百科事典 第2版

ラバル【François de Montmorency Laval】
1623‐1708
フランス領北アメリカの聖職者。カトリックのケベック教区初代司教。1659年ローマ教皇の命によりケベックに来住し,88年病気のため司教職を辞したが,その後も死去するまでニューフランス植民地における布教に専心した。1663年植民地政治組織の改編で総督,地方長官,司教の3人が最高評議会を構成したが,その権威の下にラバルはインディアンへの酒類売却の禁止や教育制度の充実を図った。【大原 祐子】

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ラバル【Pierre Laval】
1883‐1945
フランスの政治家。苦学して弁護士,次いで社会党の下院議員となったが,しだいに右傾した。1931‐32年と35‐36年に首相となり,34‐36年には外相も兼務してフランス外交を主導した。40年6月ドイツに対して休戦後,第三共和国憲法の廃棄とペタン元帥への全権賦与を説いてビシー政権の成立に大きな役割を演じ,副首相,首相となってドイツに協力したが,フランスの解放後反逆罪で死刑に処せられた。ビシー体制【山極

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らばる【ラバル】

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