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ラ・ブリュイエール

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ラ・ブリュイエール
La Bruyère, Jean de
[生]1645.8.17.〈洗礼〉パリ
[没]1696.5.10./1696.5.11. ベルサイユ
フランスのモラリストオルレアンで法律を学ぶ。1684年,司教ジャック・B.ボシュエの紹介で大コンデ公の孫の家庭教師となり,終生コンデ家にとどまった。1688年ギリシアの哲学者テオフラストスの『性格論』の翻訳に自作を付した『カラクテール』Les Caractères de Théophraste traduits du grec avec Les Caractères ou les mœurs de ce siècleを刊行して大好評を博した。そのなかでは,人間の外面の動きが生き生きと描かれており,当時の社会の病弊も大胆に暴かれ,民衆の悲惨に深い同情が寄せられている。「新旧論争」においては古代派に属した。遺稿『静寂主義問答』Dialogues sur le quiétisme (1699) がある。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

ラ・ブリュイエール
らぶりゅいえーる
Jean de La Bruyère
(1645―1696)

フランスのモラリスト(人間探究家)。パリに生まれる。弁護士の資格を得たが、おそらく一度も法廷に立たなかった。叔父の遺産でカーン市の税務局収税官の職を買ったが、その職務につくこともなく、パリで気ままな独身生活を送るうち、司教ボシュエの紹介で、当時ブルボン王家傍系中最大の権勢を誇るコンデ大公Le Grand Condé(1621―1686)の孫の家庭教師に任ぜられた。内気で引っ込み思案なこの市井の読書人は、一転して大貴族の生活場裏に身を置くこととなり、観察と思索の好個の環境にあって書きつづったのが彼の主著『人さまざま』(1688)であり、以後1696年の第9版まで増補が重ねられた。「女性について」「宮廷について」などの16章に分かれているが、その構成はかなり自由で、短く辛辣(しんらつ)な警句もあれば、色彩豊かな肖像(典型的人物の描写)もあって、変化に富む。また「新旧論争」の渦中にあり、自らは旧派(古代人派)にくみしながらも、『人さまざま』のうちに散見する政治的風刺はきたるべき18世紀の文学を予告する。

[山田  2015年6月17日]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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