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ラージプート

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ラージプート
Rājpūt
インド,ラージャスターン州を中心に居住する部族名。5世紀頃中央アジアからインドに移動し,現在のラージャスターン州を中心に定住したといわれる。北インド,西インドにかけて多くの王朝を建設し,13世紀以降デリーを都とするムスリム諸王朝の樹立まで北インド政治の中心をなした。有名な王朝としてプラティーハーラ朝があり,8世紀中頃から北インド平原を支配して,ベンガルのパーラ朝,デカンのラーシュトラクータ朝と覇を競い,ついに北インド,中央インドを支配する大王国を形成した。10世紀にプラティーハーラ朝が衰えるとグジャラート地方にチャールキヤ朝,マールワ地方にパラマーラ朝,北インドにチャンデーラ朝,ラージャスターン地方にチャーハマーナ朝などが独立した。1192年ゴール朝のムハンマド(→ムハンマド・ゴーリー)がインドに侵入するとラージプート諸勢力は王であるプリトビーラージを中心として戦ったが敗北し,その後ムスリム諸王朝と抗争を繰り返した。またアウラングゼーブ帝はイスラム正統主義を標榜してラージプート諸王国と争ったが,ムガル帝国衰退後の動乱期にはマラータやアフガンなどの諸勢力による外部からの干渉も受け,ラージプート諸王国は混乱,荒廃した。1818年以降ラージプート諸王国はイギリス植民地支配下で藩王国(→インド藩王国)となり,1947年のインド独立後にインドに併合された。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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世界大百科事典 第2版

ラージプート【Rājpūt】
西部インド,中部インドにいくつかの政権をうちたてた尚武の種族。サンスクリットで〈王子〉を意味するラージャプトラrājaputraの俗語形。古代クシャトリヤ子孫であると称してこの呼称を用いた。彼らが多く住むラージャスターン地方は,ラージプターナRājputāna(ラージプートの土地)とも呼ばれる。5世紀中ごろフーナ族(エフタル)に伴ってインドに入った中央アジア系種族や,土着の諸種族に起源をもつ。氏族的結合が強く,氏族を単位として王国がたてられた。

出典:株式会社平凡社
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