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ラージー

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ラージー
al-Rāzī
[生]865頃.ライ
[没]923/932. ライイ
ペルシア生まれのアラビア医学者,哲学者,錬金術師。アラビア名 Abū-Bakr Muhạmmad ibn Zakariyā al-Rāzī。ラテン名ラーゼス Rhazes。言語学,数学,哲学,音楽を学び,30歳で医学を志した。バグダード病院院長となり宮廷医を兼ねた。医学の学説,臨床ともガレノスに従い,「食事でなおせれば薬を用いるな。単純薬で有効なら複合薬は用いるな」と説いている。主著『医学総覧』 al-Ḥāwīには,ギリシアシリア,アラビア,インドの医学知識が網羅されており,ラージー自身の臨床経験も述べられている。『天然痘はしかに関する考察』 Kitāb fi-l-judarī wa al-ḥaṣbahでは,この二つの病気をはっきり区別している。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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世界大百科事典 第2版

ラージー【al‐Rāzī】
864ころ‐925か932
中世イラン屈指の哲学者,医学者。テヘラン南の古都レイ(ライ)に生まれ,同地やバグダードで病院長を務めた。哲学者としては徹底した理性重視と平等主義をとり,イスラム思想界では異端児がある。彼の説く永遠の原理とは,造物主,普遍霊魂,第一質料,空間,時間の五つであり,無からの創造が否定され,預言者などは〈悪霊にとりつかれたただの人〉と断じ去られた。このような預言者攻撃や秘教的解釈(ターウィール)を排した理性主義の立場は,当時のイスマーイール派の面々から激しい論争を挑まれた。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

ラージー
らーじー
Abū Bakr Muhammad ibn Zakariyyā al Rhāzi
(854ころ―925/935)

9世紀後半から10世紀前半のイスラムの医学者、錬金術師。ラテン名はラーゼスRazes。テヘラン近くのライで生まれ、ライとバグダードで臨床医として活躍した。医学理論ではガレノスを信奉し、その知識をヒポクラテスの医学知識と結び付けた。化学を医学に応用し、医療化学の祖となった。著作は多いが、重要なのは『関連の書』Kitāb al-hāwīで、ギリシア、インドの医学と彼自身の知見を含む医学百科事典である。主としてギリシア科学についてまとめた『アル・マンスールの書』Kitāb al-Mansūrīや、天然痘とはしかを論じた論文などもある。このほか、比重についての研究、化学器具の一覧表の作成、化学的物質の分類なども手がけた。

[平田 寛]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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367日誕生日大事典

ラージー
生年月日:865年8月28日
イスラムの医学者,哲学者,錬金術師
925年

出典:日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」
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