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リット

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

リット
Litt, Theodor
[生]1880.12.27. ジュッセルドルフ
[没]1962.7.16. ボン
ドイツの哲学者,教育学者。ボン大学,ベルリン大学で学び,ギムナジウムの教師を経て 1919年ボン大学員外教授,20年 E.シュプランガー後任としてライプチヒ大学教授。 37年ナチスに抵抗して講壇を去った。第2次世界大戦後復職したが,東ドイツの教育政策に反対してライプチヒを去り,47年ボン大学教授に就任。彼の教育学は W.ディルタイ精神科学的方法,E.フッサールの現象学的方法,G.ヘーゲルの弁証法を統合し,個人と社会,教育的理念と現実的社会要求,陶冶と世界観などの対立の克服を目指した。主著『個人と社会』 Individuum und Gemeinschaft (1919) ,『可能性と教育学の限界』 Möglichkeit und Grenzen der Pädagogik (26) ,『思考と存在』 Denken und Sein (48) 。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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世界大百科事典 第2版

リット【Theodor Litt】
1880‐1962
ドイツの哲学者,教育学者。ディルタイの思想的後継者の一人。1919年以来ボン,ライプチヒ両大学の教授を務めたのち,再度ボンの教授を務めた。精神科学の方法論に弁証法的思考を取り入れ,《個人と社会》(1919)に代表される文化哲学,哲学的人間学の形成に寄与した。一方,教育学者としては,ワイマール期の改革派教育学をめぐる論争に参加し,第2次大戦後に至るまで一貫して,歴史的教養の今日的位置の確立につとめ,歴史的文化と自然科学,技術,労働政治との媒介を試みた。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

リット
りっと
Theodor Litt
(1880―1962)
ドイツの哲学者、教育学者。デュッセルドルフに生まれる。古代言語、歴史学を学び、教師生活を経て1919年ボン大学の員外教授、翌1920年ライプツィヒ大学教授となったが、当時のナチス政府によりその職を追われた。やがてボン大学に復職し(1947)、哲学、教育学を講じた。ディルタイの歴史主義、精神科学的方法を継承しながら、フッサールの現象学、ヘーゲルの弁証法を取り入れ、『歴史と生』(1918)、『個人と社会』(1919)などの著作において、個人と社会、教育理想と教育現実といった「教育学上の二律背反」の問題の解明、統一に学的追究を集中した。シュプランガー、H・ノールとともに文化教育学者の一人にあげられる。[舟山俊明]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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367日誕生日大事典

リット
生年月日:1880年12月27日
ドイツの哲学者,教育学者
1962年

出典:日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」
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