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リトルトン

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

リトルトン
Lyttelton, George, 1st Baron Lyttelton of Frankley
[生]1709.1.17. ウースターシャー,ハグリー
[没]1773.8.22. ウースターシャー,ハグリー
イギリスの政治家,著述家。 1735年下院議員になり,ホイッグ党に属したが,ピット (大)義弟であった関係から R.ウォルポールには反対した。 44~54年 H.ペラム内閣蔵相,55~56年ニューカッスル内閣蔵相。 56年ピットと決裂し,同年男爵に叙せられた。多くの詩人たちの後援者となり,みずからも詩や論文や『ヘンリー2世時代史』 The History of the Life of Henry the Second,and of the Age in which he livedなどの著作を残した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

リトルトン(Lyttelton)
ニュージーランド南島東岸の港町クライストチャーチの外として建設され、南島最大の港になった。南極探検起点となり、ロバート=スコットらが訪れた。

出典:小学館
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世界大百科事典 第2版

りとるとん【リトルトン】

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

リトルトン
りとるとん
Analias Charles Littleton
(1886―1974)
アメリカの会計学者。イリノイ州に生まれる。1912年イリノイ大学を卒業し、シカゴの会計事務所を経て、15年イリノイ大学に戻り、52年に退職するまで40年近く会計学担当教授として教育に携わった。アメリカ会計学会の副会長、会長も歴任し、会計士、会計学者として最高の地位を占めた。著書では、『会計発達史』Accounting Evolution to 1900(1933)、『会社会計基準序説』An Introduction to Corporate Accounting Standards(1940、W・A・ペイトンとの共著)、『会計理論の構造』Structure of Accounting Theory(1953)、『会計理論――変不変』Accounting Theory : Continuity and Change(1962、V・K・ジンマーマンとの共著)などが有名である。彼の学説は、今日の通説となっている原価主義会計論に立脚しており、各国の会計開示報告制度上の原則確立に大きな影響を及ぼすことになるが、かならずしも貨幣価値修正の必要性を無視した会計思想に固執しているわけではない。[佐藤宗弥]
『中野一郎訳『リトルトン会計発達史』増補版(1978・同文舘出版) ▽中島省吾訳『会社会計基準序説』改訳版(1958・森山書店) ▽大塚俊郎訳『会計理論の構造』(1955・東洋経済新報社)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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