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ロス(Diana Ross)【ろす】

日本大百科全書(ニッポニカ)

ロス(Diana Ross)
ろす
Diana Ross
(1944― )

アメリカン・ポップ・ミュージックを代表する女性シンガー。デトロイト出身。本名ダイアン・アールDiane Earle。1960年代は人気コーラス・グループ、シュープリームスのリード・ボーカリストとして活躍。その柔らかで女性的な声は、日本のテレビ・ドラマやCMでもよく耳にする。

 1959年、地元の女の子の仲間と4人組のコーラス・グループ、ブライメッツを結成。グループはその後、地元のモータウン・レコードと契約し、3人組のシュープリームスとしてレコード・デビューすることになった。この時のメンバーは、ロスのほかにフローレンス・バラードFlorence Ballard(1943―76)とメリー・ウィルソンMary Wilson(1944― )。シュープリームスは、新興レーベルのモータウンにあって、テンプテーションズやマーサ&ザ・バンデラスなどとともにアメリカのポップ・ミュージックを席巻した。

 ロスは、逸材が揃っていたモータウンにあって格別に際立ったボーカリストではなかった。シュープリームスのデビュー当時、リード・シンガーになるのはバラードだろうといわれており、また60年代なかばにモータウンへ移籍してきたグラディス・ナイトGladys Knight(1944― )ともなると、実力としては後に「ソウルの女王」と呼ばれることになるアレサ・フランクリンに匹敵するほどの歌唱力の持ち主だった。しかしロスは、ほかの黒人女性歌手にはない個性をもっていた。彼女はゴスペル・ソング的にエネルギッシュに訴えかけるのではなく、あくまでソフトな歌手だった。この、白人主体のポップ・マーケットに充分に通用するロスの特質を見抜いたのはモータウン・レコード社主のベリー・ゴーディ・ジュニアBerry Gordy Jr.(1929― )で、はたして彼女を中心としたシュープリームスは社主の狙いどおり、「愛はどこへいったの」「ベイビー・ラブ」「ストップ! イン・ザ・ネーム・オブ・ラブ」「カム・シー・アバウト・ミー」などのビッグ・ヒットを連続して放つことになる。

 67年、グループはダイアナ・ロス&ザ・シュープリームスと名前を変え、さらにロスを中心にして動き出した。そして「ラブ・チャイルド」「またいつの日にか」のヒットを出したあと、69年に彼女は独立しソロ・シンガーの道を進む。

 「エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ」(1970)から、大物シンガーへの道は着実だった。不朽のジャズ・シンガー、ビリー・ホリデーの生涯を描いた映画『奇妙な果実/ビリー・ホリデイ物語』(1972、シドニー・J・フューリーSidney J. Furie(1933― )監督)に主演した時は不評を買ったものの、73年の「タッチ・ミー・イン・ザ・モーニング」の爽やかな歌声はロスだけにしか出せない味わいだった。2作目の映画となる『マホガニー物語』(1975、ベリー・ゴーディ・ジュニア監督)からの「マホガニーのテーマ」は、当時の日本でもヒットしている。

 81年、ブルック・シールズBrooke Shields(1965― )主演の『エンドレス・ラブ』(1981、フランコ・ゼッフィレッリ監督)のテーマ・ソングを、同じポップ・マーケットでスターとなったライオネル・リッチーLionel Richie(1949― )とデュエットし評判になったころには、ファンの世代も替わり、彼女が60年代に歴史的なグループに在籍していたことは二次的な情報でしかなくなっていた。その後、彼女はモータウンを離れるが、ドゥーワップ時代の名曲「ホワイ・ドゥ・フォールズ・フォール・イン・ラブ」や「ミラー、ミラー」などをカバーしヒットを重ねている。

[藤田 正]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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