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ロック(John Locke)【ろっく】

日本大百科全書(ニッポニカ)

ロック(John Locke)
ろっく
John Locke
(1632―1704)

イギリスの経験論の哲学者、政治思想家。

生涯

イングランド西南部リントンのピューリタンの家系に生まれる。オックスフォード大学に学ぶが、大学のスコラ学に失望し、学外で医学、自然科学、デカルト哲学などを学ぶ。1667年アシュリ卿(きょう)(のちのシャフツベリ伯)の知己となり、彼の秘書として動乱期の政治にかかわった。未遂に終わったシャフツベリの反王暴動に連座した嫌疑を受けて、オランダに亡命。そこで哲学主著『人間知性論』(1686)を完成する。1688年の名誉革命の成就により、翌1689年帰国。政府の顧問役として国政に参与する一方、もっとも多産な文筆活動の時期を迎える。1704年、オーツのマサム卿夫人Damaris Cudworth Masham(1659―1708)邸でマサム夫人の『詩篇(しへん)』の朗読を聞きつつ死去した。

[小池英光 2015年7月21日]

思想

知識論

彼の知識論の目的は、知識と偽知識とを区別するために「知識の起源、確実性、範囲、ならびに信念、臆見(おくけん)、同意の根拠と程度」を探究することであった。彼は知識の材料はすべて外感と内省の経験からくると考え、そこからいかにして多様な知識が成立するかを「記述的で平明な方法」で解明しようと試みた。このゆえに彼は近代認識論とイギリス経験論の創始者となった。彼はまず経験に由来しない知識(生得原理)を否定し、心は最初は白紙(タブラ・ラサ)であり、無限に多様な知識も経験に由来する単純観念の複合によって成り立つと主張した。しかし単純観念のすべてが外界の事物に類似するわけではない。延長、形、固性などは物体そのものの性質に類似し、色、音、香りなどの観念はそうではない。ロックは前者の性質を第一性質とよび、後者の観念を産む物体の力能を第二性質とよんだ。この区別を彼はボイルをはじめとする当時の自然科学者から学んだが、観念とその背後にあると想定される物理的事物との表象関係はあいまいで、のちにバークリーの痛烈な批判を浴びた。複雑観念は、実体、様相、関係の3種類に分けられるが、そのなかでロックがもっとも力を注いだのは、スコラ的実体観念の批判であった。自然にはさまざまな種が存在するが、それら自然的種をつくる実在的本質は存在しない。種の本質は、個々の事物の観察と経験に基づき悟性が抽象する唯名的本質にすぎないとした。知識は観念相互の一致・不一致、結合・背反の知覚である。観念相互の比較のみに依存する直観的知識は絶対的確実性をもち、論証的知識もこれに準ずる。しかし物理的自然にかかわる蓋然(がいぜん)的知識では観念相互の関係は経験に依存するので、直観的知識や論証的知識のような絶対的確実性をもたないが、自然科学の業績が示すように人間にとっては十分な確実性をもちうるとした。ロックの知識論は、基軸となる「観念」概念のあいまいさなどのゆえに混乱し、多くの問題を未解決のままに残したが、その視野の広さから後世の哲学がつねに立ち返る源泉の一つになっている。

[小池英光 2015年7月21日]

道徳論

ロックにはまとまった道徳論はないが、道徳は彼の終生の主題であった。『人間悟性論』初版では快楽主義の傾向が強いが、第二版以降では道徳規範の客観性およびキリスト教信仰との調停を試み、来世での賞罰の権能をもつ神の意志に道徳の源泉を求め、神意の布告に従うことが善であり、幸福であるとした(神学的快楽主義)。

[小池英光 2015年7月21日]

政治理論

初期の著作では反カルビニズムの側面が目だつが、主著『統治論』(1690)では反専制主義の色彩が濃い。自然状態にあっては統治はなく、自然法の支配する自由と平等の状態があった。しかし、現実の経済的事情などから他人の自然権の侵犯が生ずるため、人々は政府をつくり、契約によって自然権の一部を為政者に譲渡した。それゆえ政府は専制権をもち、国民には服従の義務がある。だがそれは絶対的なものではなく、国民は契約目的に反するときには為政者を更迭できるとして革命の正当性を擁護した。ロックの「自然状態」は現実に存在した事実とは考えられず、むしろ理論的仮設である。革命による政府の解体は、ただちに別の新しい政府の樹立のためであり、彼自身も現実に「自然状態」への復帰が可能であるとは考えなかったようである。

[小池英光 2015年7月21日]

宗教論

ロックは終生敬虔(けいけん)な正統派の信仰者であった。晩年彼は「パウロ書簡」についての大量の注釈を書き続けていた。しかし、その著作『キリスト教の合理性』や『寛容書簡』が理神論に武器を与えたことも否定できない。彼によれば、神の存在と摂理、来世の賞罰、救世主イエスの信仰と福音(ふくいん)書の教える道徳的生活が信仰の核心であり、それ以外の宗教上の相違は寛容の対象である。かつまた、信仰は心の問題であり、政治的差別の理由にはならぬとした。ただし、無神論とカトリックを例外とした。

 また、経済論においては一種の労働価値説を提示し、通貨・租税についても論じ、近代経済学の先駆者である。教育論では在来の教育制度を批判し、自由主義的な教育を説いた。

[小池英光 2015年7月21日]

『平野耿訳『寛容についての書簡』(1971・朝日出版社)』『ロック著、友岡敏明訳『世俗権力二論』(1976・未来社)』『ジョン・ロック著、北本正章訳『ジョン・ロック 子どもの教育』(2011・原書房)』『ジョン・ロック著、服部知文訳『教育に関する考察』(岩波文庫)』『大槻春彦訳『人間知性論』全4巻(岩波文庫)』『野田又夫著『人類の知的遺産36 ロック』(1985・講談社)』『田中正司著『ジョン・ロック研究』新増補(2005・御茶の水書房)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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