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ワシントン

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ワシントン
Washington, Booker T.
[生]1856.4.5. バージニア,フランクリン
[没]1915.11.14. アラバマ,タスキーギ
アメリカ合衆国の黒人教育家。フルネーム Booker Taliaferro Washington。解放奴隷の子で,幼少時から炭鉱や製塩所で働いていたが,1872年にハンプトンに行き,苦学しながら 1875年に農業師範学校を卒業。その後 2年間の教育実習と 8ヵ月のウェイランド・セミナリーでの勉学を終えて,アメリカインディアンに対する教育計画に参加。1881年に黒人のための師範学校,タスキーギ工業師範学校を設立し,初代校長を務めた。1893年,いわゆる「アトランタの妥協」において,公民権・政治闘争の休戦を呼びかけ,代わりに職業訓練に励み,白人社会の必要とするサービスや物資の提供を可能にすることによって白人社会に受け入れられるよう努力することを訴えた。この立場は白人の広い支持を得,ワシントンは最高の黒人指導者とみなされ,ハーバード大学から 1896年に名誉修士号,ダートマス・カレッジから 1901年に法律博士号を授与された。主著『奴隷より立ち上りて』Up from Slavery(1901)。

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ワシントン
Washington, Bushrod
[生]1762.6.5. アメリカ,バージニア,ウェストモーランド
[没]1829.11.26. アメリカ,フィラデルフィア
アメリカの軍人,法律家。 G.ワシントン。 1778年植民地軍に入り独立戦争終結まで各地を転戦。戦後バージニアのアレクサンドリアで弁護士として活躍。 90年リッチモンドに移住。 98年 J.アダムズ大統領によって最高裁判所判事補に任命され,1829年までつとめた。 G.ワシントンの遺産管理人となり,J.マーシャルの『ワシントン伝』の刊行を指導した。

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ワシントン
Washington, George
[生]1732.2.22. アメリカ,バージニア,ウェストモーランド
[没]1799.12.14. アメリカ,バージニア,マウントバーノン
アメリカ建国期の軍人,政治家。初代大統領 (在任 1789~97) 。バージニア北部の富裕なプランター (大農場主) の家に生れ,17歳でカルペッパー郡の公認測量士となった。 1753年に先住民族インディアンの鎮撫工作にあたり,54年にはバージニア民兵軍 150人を率いてオハイオ川流域地方に進軍しフランス軍と交戦して敗北。 55年イギリスの E.ブラドック将軍の指揮下にデュケーヌ要塞に拠るフランス軍の攻撃に参加し敗退。 58年には J.フォーブス将軍に協力してデュケーヌ要塞攻略に成功。 59年バージニアの富裕な未亡人 M.カスティスと結婚,プランテーション経営に精を出した。 65年の印紙税法施行以後反英的立場を強め,73年の枢密院令と翌 74年のケベック法により西方への土地投機の機会を奪われて憤慨し,独立を決意。アメリカ植民地は 74年イギリス本国の圧政に対し大陸会議を組織し,第2回大陸会議によって 75年6月 15日全植民地軍総司令官に任命。同年7月4日にはアメリカ独立宣言を公布。翌 76年春ボストンからイギリス軍を追出すことに成功。ニューヨークへ転戦し連敗しながらニュージャージーへ退却。 76年 12月トレントンとプリンストンの奇襲に成功し,勝利への転機をつかんだ。一方 77年冬のフォージ渓谷の越冬宿営などで批判を受け更迭の陰謀もめぐらされた。 81年8~10月アメリカ=フランス連合軍を指揮してヨークタウンを攻略,イギリスの C.コーンウォリス将軍を降伏させた。 82年彼を国王に擁立しようとする動きを断固拒否,83年アメリカ軍を率いてニューヨーク市に凱旋し,軍務を退いた。その後マウントバーノンの農園に戻り,4年間を所有地の管理に過した。 85年に彼の自邸で開かれたポトマック川航行権に関する会議をきっかけに,強力な中央政府設立の動きがにわかに高まり,87年にはフィラデルフィアで合衆国憲法制定会議が開かれ,その議長に選出された。 89年4月初代大統領に就任し,財務長官に A.ハミルトン,国務長官に T.ジェファーソンを据えて,公債の償還,財政の安定,イギリス軍基地の撤去,ミシシッピ川航行権の確保,インディアンの制圧などの国内問題やフランス革命をめぐる複雑な外交問題に取組んだ。 97年三選出馬を辞退してマウントバーノンに引退,所有地の管理に専念した。 98年フランスとの戦争の危機に際して再び臨時編成軍の総司令官に任命されそうになったが運よく危機は回避された。 99年悪性喉頭炎で死去。

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ワシントン
Washington, Martha
[生]1731.6.2. アメリカ,ニューケンタッキー
[没]1802.5.22. アメリカ,バージニア,マウントバーノン
アメリカ初代大統領 G.ワシントン夫人。旧姓 Dandridge。 1749年富裕なプランター (大農場主) D.カスティスと結婚。 57年夫の死によってその財産継承。 59年1月6日,2人の子供を連れてワシントンと再婚しマウントバーノンに住んだ。よき伴侶として,また初代大統領夫人としての任務を果した。

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ワシントン
Washington
アメリカ合衆国,ペンシルバニア州南西部,ピッツバーグ南西約 40kmの大都市圏に属する都市。 1910年町村合併によって成立,24年に市制をしいた。現在は炭田および農業地域の中心地で,鉄鋼,ガラスなどの工業も立地する。人口1万 5864 (1990) 。

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ワシントン
Washington, Denzel
[生]1954.12.28. ニューヨーク,マウントバーノン
アメリカ合衆国の俳優。観客をひきつける迫真の演技で批評家と映画ファンの双方から一貫して高い評価を受け,アフリカ系アメリカ人俳優は白人受けしないという先入観の払拭に寄与した。1977年にフォーダム大学を卒業したのち,サンフランシスコのアメリカン・コンサーバトリー・シアターに加入。コメディ映画『ハロー,ダディ!』Carbon Copy(1981)で映画デビューを果たした。テレビドラマに出演して注目を集め,映画『遠い夜明け』Cry Freedom(1987)でアカデミー賞助演男優賞にノミネート。『グローリー』Glory(1989)では南北戦争の北軍で戦った解放奴隷を演じ,アカデミー賞助演男優賞を受賞した。1990年代に入ると演技力に磨きをかけ,主演俳優として活躍。スパイク・リー監督の大作『マルコムX』Malcolm X(1992)では公民権運動の活動家に扮し,アカデミー賞主演男優賞候補となった。『トレーニング・デイ』Training Day(2001)で,アフリカ系アメリカ人としてはシドニー・ポワチエに次ぐ 2人目のアカデミー賞主演男優賞に輝いた。『きみの帰る場所/アントワン・フィッシャー』Antwone Fisher(2002)で監督業にも乗り出している。

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ワシントン
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デジタル大辞泉

ワシントン(George Washington)
[1732~1799]米国の初代大統領。在任1789~1797。大陸軍総司令官としてアメリカ独立革命を勝利に導き、独立後は憲法制定会議議長を経て大統領に就任、連邦政府の基礎の確立に努めた。→アダムズ

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デジタル大辞泉プラス

ワシントン
《Washington》アメリカ海軍戦艦(未完成)。コロラド級超弩級戦艦。船体識別番号はBB-47。1919年に起工したが、1922年のワシントン海軍軍縮条約に基づき建造中止となった。

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ワシントン
《Washington》アメリカ海軍の戦艦。ノースカロライナ級。超弩級の高速戦艦。船体識別番号はBB-56。1940年進水、1941年就役。1919年起工の同名の建造中止艦とは異なる艦。第二次世界大戦中のソロモン海戦で、日本の戦艦霧島を撃沈。1947年退役。1961年、スクラップとして売却。

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世界大百科事典 第2版

ワシントン【Washington】
アメリカ合衆国の首都。コロンビア特別地区District of Columbiaでもあり,二つの名称をあわせてワシントンD.C.と呼ばれる。名称はG.ワシントンとC.コロンブスをたたえたものである。どの州にも属さず,連邦議会の直轄地で,面積176km2,人口54万3000(1996)。合衆国大西洋岸地帯のほぼ南北の中央,ポトマック川東岸に位置し,ニューヨーク,ボストンを含むアメリカ・メガロポリス南端を占める。

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ワシントン【Booker Taliaferro Washington】
1856‐1915
アメリカの黒人の教育家,指導者。奴隷の子として生まれたが,解放後に苦学して大学を卒業し,教師になった。1881年アラバマ州のタスキーギーに黒人大学が設立されるや,請われて学長となり,職業訓練に徹した教育を行った。いきなり白人との平等を求めるよりは,黒人はまず手に職をつけ,徐々にその地位の向上をはかるべきだという穏健な考えは,彼の自伝《奴隷より身を起こして》(1901)に詳しい。【木内 信敬】

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ワシントン【George Washington】
1732‐99
アメリカ合衆国の初代大統領。在職1789‐97年。17世紀中葉バージニアに移住したイギリス系の4代目。16歳のころより測量技師として活躍し,その間広大な土地を購入し,大農園主になった。の死とともにマウント・バーノンに移り,そこが彼の終生の住居となる。1754年民兵の中佐として植民地戦争に従軍,数々の武功のゆえにバージニア民兵軍の司令官となり,のちの独立戦争における総司令官としての基礎を築いた。59年には裕福な未亡人マーサ・カスティスMartha Custis(1732‐1802)と結婚し,莫大な財産を加え,アメリカ有数の資産家となる。

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367日誕生日大事典

ワシントン
生年月日:1867年1月15日
アメリカの地質学者
1934年

出典:日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」
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ワシントン
生年月日:1731年6月2日
アメリカ合衆国初代大統領夫人
1802年没

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精選版 日本国語大辞典

ワシントン
(George Washington ジョージ━) アメリカ合衆国初代大統領(在任一七八九‐九七)。アメリカの「建国の父」といわれる。一七七五年から八三年まで独立革命軍総司令官。大統領就任後は、連邦政府の基礎の確立に努力し、フランス革命に伴う英仏戦争に対して中立を保った。三選を固辞して引退。(一七三二‐九九

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旺文社世界史事典 三訂版

ワシントン
George Washington
1732〜99
アメリカの初代大統領(在任1789〜97)
ヴァージニアの大農園主の子。七年戦争で参謀としてイギリス軍を助け,軍功をたてた。イギリスとの抗争が始まると,ヴァージニア代表として植民地の権利を主張し,印紙法・タウンゼンド諸法に反対した。第1回・第2回の大陸会義に出席,1775年独立軍総司令官に任命され,困難なアメリカ独立戦争を指導して勝利を得た。合衆国憲法を制定した憲法会議議長をつとめ,1789年初代大統領に選ばれ,92年再選された。連邦主義者と共和論者の均衡をはかり,フランス革命には中立を守ったが,南部北部のくいちがう主張の調整に苦しみ,3選を固辞して引退した。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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