●三皇五帝【さんこうごてい】
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
三皇五帝
さんこうごてい
San-huang-wu-di; San-huang-wu-ti
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世界大百科事典 第2版
さんこうごてい【三皇五帝 Sān huáng Wǔ dì】
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日本大百科全書(ニッポニカ)
三皇五帝
さんこうごてい
中国古代の伝説上の帝王。中国最古の王朝である夏(か)王朝の前に、三皇とそれに続く五帝の合計8人の聖王による治世が存在していたと伝えられているが、『史記』が三皇を伏羲(ふくぎ)、女媧(じょか)、神農(しんのう)、あるいは天皇、地皇、人皇とする両説を併載しているように、だれを三皇五帝とするかについてはさまざまな説がある。伏羲は易をつくり、女媧は人類を生み出し、神農は民に農業を教えたとされ、三皇の伝説には神話的色彩が強い。また司馬遷(しばせん)は、五帝に関する記述を『史記』の冒頭に置き、黄帝(こうてい)、顓頊(せんぎょく)、帝嚳(こく)、帝堯(ぎょう)、帝舜(しゅん)の5人の帝について述べているが、それに先行するとされた三皇については疑いを抱いて取り上げていない。
三皇の記述が『史記』に付け加えられるのは唐代になってからである。このように、中国の古代史は時代が古いところほどあとから積み上げられたものであり、その成立はかえって新しいとされている。これを加上説とよぶが、この考え方に従うと、三皇五帝の時代は中国の古代に実在せず、観念的にあとから夏王朝の前に接ぎ木されたものであることがわかる。三皇五帝がだれであるのか一定していないのも、そのためであると考えられている。
[桐本東太]
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精選版 日本国語大辞典
さんこう‐ごてい サンクヮウ‥【三皇五帝】
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旺文社世界史事典 三訂版
三皇五帝
さんこうごてい
儒学では実在の聖天子と信じた。三皇は秦・漢代に天地人三才の思想から生まれ,通説では伏羲 (ふくぎ) ・神農 (しんのう) ・燧人 (すいじん) (それぞれ漁猟・農耕・火食の発明者)の3人をさす。五帝は戦国時代に五行説から生まれ,『史記』では黄帝・顓頊 (せんぎよく) ・帝嚳 (ていこく) ・堯 (ぎよう) ・舜 (しゆん) をさす。この8神で,文明・国家・民族の起源を説明しようとしている。
出典:旺文社世界史事典 三訂版
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